「……よし」
「ちょ、エリっちどうしたのよ!?」
「血相変えて穏やかじゃねぇな」
いきなり立ち上がって駆けだそうとしたエリックに慌てて声をかけるクーとネイラ。
聞きなれた二人の声に冷静さが戻り、だけど先ほど見た光景と声げ締め付けられた胸が収まるわけでもなかった。意識するように深呼吸し、二人に向き直る。
「宝石は、あった。だけど女の子が殴られてた」
「ごめんエリっち。わけわかんない」
「価値がないとか、黙って力を貸せばいいとか、そんなことを言われながら殴られてた。あんなの……!」
支離滅裂だと思いながら、二人に説明するエリック。
「成程な。要するに虜の姫様を助けたいって事か。悪くねぇな」
「ん。まあエリっちらしいし、おけ。でもどーするのよ? 部屋に乗り込む?」
「それは……」
クーに尋ねられて、悩むエリック。
そうしたいのはやまやまだが、エリックが神殿に乗り込んだところで捕まって追い出されるのがオチだ。事情を説明したところで殴られている少女は魔物のようなもの。神殿の――そしてこの世界の人間社会の道徳として捕まえた魔物は何をしようが咎められやしない。
しかし、手をこまねいている時間はない。今まさにレオの毒牙が少女にかかろうとしているのだ。迷ってなんかいられない。
「……そうだね。時間がない。とにかく神殿に行ってくる」
「ほいほい。んじゃあーしも」
「え? あの、クーは神殿にいくと気分が悪くなるんじゃ……」
「そーよ。ぐわんぐわんて眩暈するの。まじぴえん」
エリックの言葉にそれがどうしたの、と言いたげに問い返すクー。
「いや、その、それならここに居た方がいたたたた!」
「そんな顔してるエリっち放置なんかできないわよ! どーしようもなかったら絶対無茶するつもりでしょう!」
「すげーな、人間の耳ってここまで伸びるんだ」
「と・に・か・く! あんま役立たないけどついていくから。よろ!」
「あ。当然オレもついてくから。なんかあったら大暴れしてやるよ」
クーもネイラもエリックについていく気満々である。
(とはいえ具体的にどうしたものか。とにかく僕があの神殿で優位に立てる
神殿に向かって歩きながら、エリックは額に眉をひそめて思考する。とにかく今自分の手元にある武器が何なのか。それを把握しないと何もできない。それこそクーが言ったように、無茶するしかない。
(僕一人ならともかく、クーやネイラまで巻き込むのは良くないよね。クーはアラクネだし、ネイラは武術大会準優勝者でレオに恨まれてるかもしれないし。もし捕らわれたら……)
『神に逆らうアラクネめ。貴様に慈悲などない。この地下牢で永遠に苦しむがいい。神の名のもとに、無限の辱めを受けるがいい』
『女の格好をして人を惑わすか。いいだろう、なら相応の扱いをしてやろう。その罪深い胸も下半身も、男達の強欲で支配してやる』
『同じ魔物同士で淫らに交じり合うがいい。互いに欲望を吐き出し、醜悪な声をあげて魔物らしく理性のない痴態を晒せ!』
『こうなったら準優勝の実力も形無しだな。所詮は女だ。男に逆らえないってことをたっぷり教えてやるよ。身体にな』
『今日はこの道具を使ってやるよ。偉大な格闘家さんは何処まで耐えられるのか、見ものだぜ』
『お前が鍛えた身体なんざ、男の前には何の役にも立たないんだよ。そうやって這い蹲って泣き叫んでるのがお似合いなのさ!』
落ち着けエリック妄想禁止。頬を叩いて思考を戻す。とにかくそんな未来にしてはいけないと頷いた。
とにかく自分に何が出来るかだ。そこから作戦を組み立てる。
エリックが持っているもの――ジョブは役立たずと罵られ続けた蟲使い。スキルは虫にしか使えない命令タイプと情報収集用。戦闘力なし。魔法も使えない。
(……うう、改めて自分を見直すと……いや、それは今は関係ない。別に戦うわけじゃないし)
ジョブやスキルを用いて、力で神殿内を突破するわけではない。なのでそこはどうでもいいのだ。
エリックの最大の武器、それは――縁。クーやネイラと言った人間以上の力を持つ者との絆だ。
だが二人は神殿の中で十全に動けない。人の目と言う社会的な制限もあるし、クーに至っては神殿の結界によって弱っている。事実、気分悪そうに俯いて口元を押さえているのだ。無茶はさせられな――結界?
(そう言えば、エンプーサ。なんで彼女はこの結界内で普通なんだ?)
蜂の目を通じて見たエンプーサに、弱っている様子は見られない。そもそも彼女はなんで神殿なんかに? 神殿にとって悪魔は敵対的存在。そんな悪魔が神殿に居る理由は……。
(普通に考えれば、
話を聞く限りでは、レオ・ルヴォアに力を与えて強化する、という事らしいが、悪魔がそんなことをするはずがない。何かしらの罠だと考えるのが普通だ。
「……よし」
神殿内に入るエリック。
その時にはすでにどうするかは決まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます