「何やってんだ、あの女」

「アーベライン殿」

「なんでしょう、ルヴォア司祭」


 アーベラインと呼ばれた女性は司祭の言葉に振り向き、一礼する。貴婦人を思わせる優雅な動き。計算された言葉の間と、そして笑み。挙動一つ一つが相手を引き付ける。


「その……本当に息子は大丈夫なのでしょうか?」

「ええ、勿論ですわ。先の武術大会は残念でしたが、レオ様に必要なのは自信です。そしてそれは確かな実力から培われます」

「……確かにそうですが、それがあのような物で解決するなど……」


 歯切れ悪そうに言葉を継ぐルヴォア司祭。言葉の端に詐称を疑う色がある。


「確かにその通りです。ですがあの宝石には『朝日』の加護があります」

「『朝日』? それは太陽神様のお力という事ですか? 私は役職上神学に詳しいのですが、太陽神様にあのような青い宝石の伝承があるなど聞いたことが――」

「ふふ、そうでしょうね。ですが太陽神由来の者ではありません。古代遺跡にて信望されたモノです」

「古代……ああ、土着の魔物信仰ですか。なら納得です」


 古代遺跡、と聞いてあからさまに司祭に侮蔑の声が混じる。

 今より昔、神の信仰おしえが不十分だったころ、田舎では巨大な動植物や魔物の類を『神』として信仰していた文化があったという。本物の神を知らず、魔物に騙されていた愚か者ども。そんな感情がありありと出ていた。


「はい。その時代のエーテル増幅アイテムです。由来はどうあれ、効果は確かですので」

「まあいいでしょう。我らが天空神が魔物を屈服させて取り込んだ。そう思えばむしろ心地良い」

「しばらくは息子様はエーテルを取り入れる為の儀式が必要となります。

 ――具体的には、ナイルの瞳に力を与えている魔物を心から屈服させるための儀式が。些か暴力的且つ官能的な儀式になりますので、出来る事ならあのまま音の洩れない場所をおかりしたいのですが」

「暴力的且つ官能的……まあ、いいでしょう。たまったストレスを解消させる意味でもありがたいことです」

「それでは私は儀式がありますので失礼を」


 言ってアーベラインは頭を下げ、倉庫と思われる部屋に入っていく。その笑顔には、悪魔めいた笑みが浮かんでいた。

 エンプーサ。そう呼ばれる悪魔の笑み――


◆     ◇     ◆


「――てな状況」

「何やってんだ、あの女」

「つーか、なんであの痴女あの中で平気な顔できるのよ」


 エリックとネイラはクーと合流し、蜂を通してみたことを報告する。

 地獄の夢魔、エンプーサ。

 とある商人の別荘を占拠し、そこに来るものを喰らっていた悪魔。何とか退けたがまさか魔物を寄せ付けない神殿で司祭相手に商売をしているとは。


「『青い宝石』『ナイルの瞳』って言ってたから、ゾルゴさんが盗まれたものをエンプーサが司祭の息子に与えた……ってことでいいのかな?」

「あの悪魔が盗んだ、って事だろうな。何考えてるんだか」

「んー。あーし的にはそれはどーでもいいかも。要はモノはそこにある、って事よね?」


 エンプーサの存在に怒りを感じるネイラ。あまり興味がないクー。エリックもどちらかと言うとクーの意見に同意だった。


「そうだね。今はあの悪魔は置いておこう。戦うと厄介な相手……って言うか二度とごめんだし。もうあんなハッタリしたくないし」

「『騙し合いは、僕の勝ちだ』」

「『服と一緒に知性まで脱ぎ捨てたのか、この痴女が』」

「やめて! 無駄にポーズ付けてそんなこと言わないで!」


 どやっ、とか、きりっ、とか擬音を言いながらネイラとクーはかつてエリックが言った言葉を反芻する。エリックからすれば忘れたい事だ。頭を抱えてうずくまった。


「まー、大将が気張ってくれたおかげで隙が出来て、勝ちをもぎ取れたんだけどな」

「そうよ。次戦う時もどエスエリっちでよろよろ」

「そうならないように願うよ。ともあれ、息子? から『ナイルの瞳』を返してもらう。儀式とやらが終わってから接触して――」

「? どしたのエリっち。急に黙り込んで」


 急に黙り込んだエリックにクーが問いかける。

 エリックは<感覚共有シェアセンス>した蜂を通じて、司祭の息子とその『儀式』を見ていた。

 拳を強く、握りしめて。


◆     ◇     ◆


「レオ様、失礼します」


 アーベライン――エンプーサが倉庫の奥に居るレオに声をかける。その耳に何かを殴りつける音が響いた。

 視界の先には修道服を着た一人の男。レオ・ルヴォア。雷拳神官ライトニング・ブリンガーと呼ばれる格闘神官。その手に神の雷霆を纏わせ、一人の少女を殴っていた。

 古代に存在した砂漠の民族の衣装を着た少女。その額には青い宝石が冠のように輝いていた。ただの少女でない事は、背中から生えた複数の節足が示している。その節足を含めて少女の手足は光り輝く神聖文字で形成された光紐で拘束されていた。

 褐色の肌は雷霆の拳で何度も殴られて傷つき、青の瞳は殴られるたびに生気を失っていく。苦痛の声をあげる気力ももうないのか、殴られても反応を返すことすらしない。


「ボクに逆らうんじゃないよ! 黙って力を渡せばいいんだ!」

「貴方には、ファラオの資格はありません」

「魔物風情が偉そうに! この結界内で! この僕に! 意見するんじゃない!」


 叫ぶたびにレオの拳が振るわれ、稲妻の帯が走る。その度に少女の身体に痛みが刻まれ、雷撃が神経を刺激する。


「お前はボクに力を渡すと契約すればいいんだ。それしか価値が無いんだよ!」

「貴方には、ファラオの資格はありません。人の上に立つようなバァではないです」

「うるさい! ボクは雷拳神官ライトニング・ブリンガーだ! この街の! 頂点に立つ! 最高の人間なんだ! ただちょっとツイてなかっただけで!」


 何度も。何度も。何度も。

 拳を振るい、溜まっている闇を吐き出すレオ。ぶつけられた少女は抵抗することもできずに受け止める。痛くないはずがない。その度に呻き、苦しみ、悶えているのだ。

 屈服し、力を渡す。そう言えば暴力は止まるだろう。レオが望んでいるのは力であって、暴力ではないのだから。

 だが少女は頑なにそれを拒んでいた。この男には、ファラオの資格はないと繰り返し。


「レオ様、それ以上は拳を痛めます」


 らちが明かない、と判断したのか興奮するレオに口を挟むエンプーサ。意地の悪い笑みを少女に向け、囁くように助言する。

 言葉に欲望を増幅させる僅かな魔力を込めて。


「手法を変えてみてはいかがでしょうか? 相手は女型魔物。女肉を弄ってその純潔を奪って、尊厳を砕いてみては?」

「……ああ、それもいいな」


 暴力で所々破損した少女の民族衣装を見ながら、レオは笑みを浮かべる。固く握っていた手を広げ、少女の服に手をかけた。

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