「二人とも、頑張ってねー!」

 オータム西門――

 門の入り口を引っ掻くようにミイラたちは集まっている。門を壊すような行為はしていないが、それも『今のところは』だ。ある程度知性のある者なら、何かしらの手段を考えるだろう。門を破壊するための何かを用意するか、強力な魔術を行使するか。

 そこを守る門番役の国防騎士は、閂をしっかり固定して最低限の人数を残して撤退していた。残った一人も冒険者の到着を待って逃げる算段のようだ。あまりと言えばあまりな態度だが、上司の命令であると同時に扉の向こうで『死』が蠢いているのだ。彼を攻めるのは酷だろう。

 冒険者達まだ西門に到着していない。それを確認し、エリック達は動き出す。国防騎士が撤退したおかげで見張りがいない場所はすぐに見つかった。クーが糸を使って壁の上まで昇り、ネイラとエリックを引き上げる。

 そこでネイラはポーズを決めて、ヘラクレスと同期した。ネイラの体を覆う黒い甲冑。カブトムシの甲羅を身にまとった聖人セイントがここに降臨する

 

「我が名はバスターヘラクレス! 不浄なる者共よ、我が拳を前にひれ伏すがいい!」

「……そう言えば、名前はアホエルフの本名だったりバスタだったりしてるけど、意味あるの?」

「ノリだ!」


 そかそか、と納得するクー。改めて、とポーズをとるネイラ。


「死の国に帰れ、不浄! とりゃああああああ!」

「んじゃ、いっくわよー!」


 ネイラは壁から飛び降り、クーは糸を使って壁伝いに降りていく。残されたエリックは壁から落ちないようにしゃがみこむようなポーズで待機する。


「二人とも、頑張ってねー!」

「おうよ! オレの戦いに見惚れな、大将!」

「む。まー、がさつなエルフの見せ場だから譲ったげる」

「おー。嫉妬深い蜘蛛のくせに殊勝な態度だな」

「背後から糸が絡まっても文句いうなし!」


 そんなことを言いながらミイラの群れに向かっていく二人。


「とりま、動きとめるからね!」


 唇を舌で濡らし、クーが叫ぶ。エーテルを腹部に集めるように意識し、そこから流れてくる力を十本の指先に集める感覚。もはや意識せずできるアラクネの技法。体内で糸を作り、それを射出する能力。

 クーが戦場全体を意識する。視覚、聴覚、嗅覚、皮膚感覚。ありとあらゆる感覚をセンサーとし、脳内で味方と敵の位置を把握する。一秒後の動きを予測し、脳内で描いた形通りに指先から糸を解き放って形成していく。


あーしの糸は地獄にだって届くんだから!スレッド・オブ・カンダタ!』


 地を空をクーの糸が支配する。粘着性と弾性が高い糸がミイラの一匹一匹に絡みつき、その動きを封じていく。扉を開けようとしていたミイラはそのまま糸で貼り付けられ、地面を歩いていた者は地に伏せられる。


「あ。ごめーん。もしかして見せ場奪ちゃったー?」

「いや。そうでもないみたいだぜ」


 クーの糸をかいくぐり、数体のミイラと一体の仮面の男が二人に迫る。犬の仮面で顔を隠した神官風衣装を着たミイラ。


『クー。その犬の仮面がミイラを操って糸を弾いてた。推測だけどミイラ限定の<死霊術師ネクロマンサー>だ』


 虫を使って戦場を俯瞰するように観察していたエリックから、クーへと声が届く。前もってクーとエリックは<感覚共有シェアセンス>しており、それにより情報交換を行っていた。


「――だってさ」

「使役系魔術ジョブか。張り合いはなさそうだが、まあいいさ!」


 エリックからの言葉をネイラに伝える。ネイラは拳を叩いて、犬仮面に突撃した。最大最強の突撃技を、初手で使う。これで決まれば良し。決まらなければどうすれば決まるかを考える。

 敵までの距離、20m弱。加速距離としては充分と判断し、膝を曲げて加速の体制をとる。体全てを弾丸とするもっとも単純で、それでいて力在る一撃。バスターヘラクレスの代表的な必殺技。すなわち――


邪我亜濃斗ジャガーノート全力全身ゴーゴーゴー!』


 黒の弾丸が解き放たれる。犬仮面が避けられるタイミングはない。まともに当たれば人の体など容易に吹き飛ぶだろう。


魂よ、蘇り給えセ・アク


 犬仮面がそう囁くと同時、ネイラの手足に絡まるように包帯が飛んでくる。クーが絡めとったミイラの包帯がほどけ、そこからネイラに向かっていた。ネイラは強引に足を進めて包帯を引きちぎるが、その突撃は減速してしまう。


「ちょ!? あーしの糸から逃れた!」

「当然だ。我が眷属はバァに変化出来る。実体なき者を捕らえられぬ蜘蛛の拘束など、恐れるにあらず」


 驚くクーに犬仮面は無感情に説明する。実体と非実体を変えられるミイラにとって、物理的な拘束は意味がない、と。

 

「はん、関係ねぇ! 死者アンデッドなら俺の拳で殴れる! 聖人セイント舐めんな!」

「マ? あんたただの暴力エルフじゃないの?」

「あたぼうよ! 聖人セイントは自然が霊魂とか死者とか悪魔とかに対抗するためのジョブなんだよ」

「確かに。星の使いである聖人セイントならバァを無に帰すことが出来る」


 ネイラの言葉を裏付けるように、犬仮面が言葉を発した。


「だがそれだけだ。魂を浄化できることと、余を倒せることは別問題。無様に逃げ帰るのなら、その命は見逃そう」

「おう、喧嘩売ってるのか? だったら買ってやるよ!」


 犬仮面の挑発に拳を向けるネイラ。一触即発の状況で、クーが手をあげる。


「あー、ごめん。エリっちが聞いてほしいことあるって。えーと……。

『非実体化できるのなら、どうして町の外で実体化してるんですか?』『もしかして、こっちは囮で非実体化したミイラがどこかで何かしてるんですか?』だって」

「ほう、思ったよりも冷静な見解だな。だがそれを教えると思うのか?」


 称賛する犬仮面。その言葉に応えたのはネイラだった。


「なら教えてもらうぜ。拳でな!」

「面白い。現世の者がどれだけ強くなったか、見せてもらおう」

「蜘蛛女、手ぇ出すなよ」

「オバケとかあーし苦手だし。手伝ってって言われてもマジ無理」


 言って一歩引くクー。現状、犬仮面に攻撃できるのはネイラだけのようだ。任せるしかない。

 ミイラとの戦いは始まったばかりだ――

 

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