「蜘蛛言うなし。この脳筋エルフ」

 朝食後、エリックは冒険者ギルドに足を運ぶ。

 エリックについていくように、クーもネイラもギルドのドアを潜っていた。


「ホワイト様」

「あ。呼ばれてるみたいなので行ってくる。……多分この前の事なんで、ここで待ってて」


 入るなり早々受付の事務員に呼ばれるエリック。『この前の事』と言うのはドーマン護衛の件だ。おそらくその事でまた追及されるのかと思い、クーとネイラを巻き込まないようにする。

 待つように言われた二人は近くのテーブルに向かい合わせになるように腰かけた。依頼を終えた冒険者が宴をする為の丸形テーブルだ。


「よーし、エール一杯くれ!」

「朝から酒飲むとか、どんだけ」

「これぐらい気付けだって。お前は飲まないのか、蜘蛛女」

「蜘蛛言うなし。この脳筋エルフ」

「わりぃわりぃ。そんじゃ一杯頂くか」


 冷たく言うクーの言葉を聞き流すように、ネイラは運ばれたエールを口にする。

 蜘蛛女、という呼称はアラクネを想起させるが糸使いの二つ名に蜘蛛が付くことは珍しくはない。そう言う事もあって、エリックもクーも強く禁止はしなかった。


「いいね、脳筋。力はパワーって感じで!」

「はいはい。皮肉が通じると思ったあーしが馬鹿でした」


 言って不貞腐れるクー。これ以上言っても無駄だ……というよりはネイラに嫌味を言う自分が嫌になっていた。嫌味を言う理由も相手が悪いわけではなく、自分の嫉妬からくるものだと分かっているから。

 

「元気ないなぁ。あの日か?」

「ちがーう。もう、セクハラオヤジギャグでつらたん」

「ったく。ガチ蜘蛛状態のお前とはいつか本気でバトりたいってのに。全然ノッてくんねーんだよなぁ」

「エリっちに止めれてるから。あとガチ蜘蛛とか言うなし」


 わりぃわりぃ、とあまり反省していない口調で言うネイラ。なお喧嘩はエリックに本気で止められている。二人が戦う所を見たくない、と言われてしょうがないなぁとクーは同意したのだ。


「ま、大将がそういったんなら仕方ないか。でももう少しガツガツしてもいいと思うんだけどな、オレは。天辺目指そうっていう覇気があってもいいと思うんだけど」

「そんなのエリっちじゃないし。損得抜きで誰かを助けようとするのがエリっちなんだから。自分の為に戦うとかそんなことするわけが――」

「ははあ。そういう所に惚れたんだな」

「…………っ。はあああああああ!?」


 滑り込むように言われたネイラのセリフに、思わず叫ぶクー。暗殺者アサシンの刃がいきなり心臓に届いたほどのクリティカルヒット。


「おい落ち着けって。なに慌ててんだよ」

「べべべべべつにキョドってなんかないし。何テキトーなこと言ってるのよ脳筋のくせに」

「いや、ンなもん一緒に居りゃすぐにわかるぜ。どんだけ大将の事呟いてると思ってんだ。視線も大将に向けてベッタベタじゃねーか」

「そ、う、違、ええ、あああああああ……」


 言葉がゲシュタルト崩壊し、テーブルに顔をうずめるクー。出会って二週間にも満たない万物拳で解決エルフに看破されるとか、どんだけ。ぴえん。


「安心しな。大将にはバレてねぇよ。赤面誤魔化すために、なんか飲むか?」

「…………うん」


 ネイラが給仕にクーの分のエールと自分のおかわりを頼む。あ、この代金は大将が払うんだよな、と一瞬思ったがまあいいやと思いなおした。


「ぷはー! ああもう!」

「いい飲みっぷりだな。気に入ったぜ」

「うっさい! 大体そーいうアンタはどーなのよ。エリっちの子供が欲しいとかいってるのに」

「あン? 好きに決まってるじゃねーか。オレを負かした男だぜ」


 仕返しとばかりに問いかけたクーの言葉に、よどみなく答えるネイラ。


「エリっちも言ってるけど、ガチ殴り合いならあんたの方が強いけど?」

「それこそだよ。

 大将はまともに戦えば負けるのにオレに臆さずに接したんだ。しかもあのやり方、大将自身は上手くいけばラッキーぐらいの策だったんだとよ」

「相変わらず無茶するなー。そーいうのを止めて、って言ってるのに……」

「オレが惚れたのはそういう所だよ。オトコギっていうのか? 弱いのに身を張るっていうのは、一つの強さだぜ。なんでお前が対象に惚れる理由も分かるぜ」


 言ってエールを飲み干すネイラ。それに対抗するためにクーもジョッキを傾ける。


「まあそういうわけだ。大将が好きなモン同士、仲良くやろうぜ蜘蛛女」

「……ふーんだ。エリっちの事わかってるのはいいけど、それとこれとは別問題っ!」

「蜘蛛は嫉妬深いね。もっとおおらかに生きりゃいいのに。ハレムぐらい男の嗜みだろう」


 カインがハーレムパーティを組んでも何も言われないように、この世界は重婚が認められている。一夫多妻や一妻多夫制など、当人たちの同意があれば法や神もそれを認めているのだ。その為、いい男やいい女がモテて、そうでない者はモテずにあぶれるという恋愛偏差値による格差が大きい状況となっているのだが。

 この世界の主神である天空神も多くの妻をめとり……嫉妬深い本妻による報復などが繰り広げられているとか。閑話休題。ともあれネイラの言うように、甲斐性があればハーレムも許されるのだ。

 ただしあくまで一般論。ハーレムを許さない人もやはり存在する。恋愛合戦に敗れたり、独占欲が強かったりする者だ。


「ベ、別にエリっちを独占したいとか、そんなんじゃないし」

「はいはい。ま、大将に本気で嫌われるまでは同じ釜の飯を食う仲だ。よろしく頼むぜ、蜘蛛女」

「なんでアンタはこの状況でそう言えるかな。あーしは嫉妬深い蜘蛛なんでしょう」

「そりゃ簡単だ。お前の事も大将同様に気に入ってるからな!」

「……ふーんだ」


 突き出されたネイラのジョッキに、唇を尖らせながらジョッキを重ねるクー。そのまま一気に中身を飲み干した。


(何がムカつくって、エリっちのことを含めてもこのバカエルフも嫌いじゃないなー、ってこと! ああもう、調子狂うなぁ!)


 不等辺三角関係の一辺は、同じ男を愛する女同士の奇妙な友情。

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