「カツアゲってやつだな!」

「……あーし、寝る」


 朝食。エリックとネイラは者を食べる必要があるが、クーはエリックに<治癒ヒール>してもらったこともありその必要がない。近くの軽食屋でパンでも食べようという事になったが、寝不足もあってクーはベットに横たわった。


(あまり二人っきりにさせたくないけど……限界)


 そのままクーは眠りに落ちる。寝入りのよさを見て起こすのはためらわれたし、食べないのについて来てもらうの不憫だ。エリックとネイラは起こさないように静かに部屋を出た。


「不便だよなー、人間の街は。お金がないとモノは食えないし、狩りもできないんだから」

「まあ、お金さえあれば食べられるんだし」


 ネイラは長年森に居るエルフだが、人間社会の常識もある程度は知っていた。


「じゃあ狩って金を奪えばいいのか! カツアゲってやつだな!」


 ……知っているからといって、それに合わせて行動するというわけではないのだが。


「あの……ずっと気になってたんだけど、ネイラの村ってみんなそんな感じなの? 狩り主体とか、暴力的とか。エルフってもう少し大人しめと言うか自然崇拝的ないめーじがあるんだけど」

「ああ。他のエルフはそうらしいな。オレの村は大昔にテンセーシャとかが教えたことを受け継いでてな。ショーワとかフリョーとかトクサツとかそんな文化

「よくわからないけど、エルフの大昔ってどれぐらい?」

「さあ? 先代の先代の話だから、600年以上は前じゃね? オレもよく分かってねーけど」


 なんだかなぁ。エリックには理解できない事なので、それ以上の追及は避けた。ともあれネイラの村の文化が特殊なのは分かった。


「じゃあその……負けた相手の子供を云々もそのテンセーシャが?」

「らしいな。同性同士の場合はユージョーが芽生えるまで仕えろって。夕方の河原で死ぬまで殴り合って目覚めるらしいぜ」

「なにそれこわい」


 非暴力的なエリックからすれば、絶対に避けたいことだった。ネイラが女性で良かったと思うが、だからと言って納得できる掟でもない。

 軽食屋で一番安いパンと飲み物のセットを頼む。ネイラも同じものを頼み、一息ついた。お金は前の依頼の報酬――護衛は失敗だが、規約上数日分の金額はもらえた――で何とか賄える。

 軽食が来るまでの間、エリックはネイラを見る。

 金髪碧眼。ピンとたった耳。程よく膨らんだ胸。すらっとした腕。一般的に伝えられる典型的なエルフの姿だ。

 だがその拳は鋭く強い。強化した龍使いロン・マスターの動きを捕らえる格闘技術は並の戦士など問題にならないほどの強さだ。更に誓いオースという制限をクリアすれば、そこに重戦車ジャガーノートというパワーまで加わる。


(……うん。何も喋らなければどこかの英雄譚に出てくるほどの美しさと強さだよなぁ)


 だが口を開けば暴力的。人間の常識にとらわれず、拳で解決することが基本である。森で攫われたフェアリーを助けるために、人間の街にある商人の館を襲撃するほどだ。衛兵たちに捕まらなかったところを見ると、割とそう言う悪事には慣れているのかもしれない。


「あんだよ大将? オレの顔に何かついてるか?」

「いや、ネイラは強いエルフなんだなぁ、って思ってただけ」

「やめろよ大将! 照れちまうじゃねぇか」


 そこは照れるポイントなんだ、とエリックは心の中にメモをした。価値基準が強いか弱いかなのは解っていたが。


「でも本当に強いと思うよ。カインにも勝てたんだし。この街の冒険者でもネイラに勝てる人はいないんじゃないかな?」

「カインてあの精霊ヤロウか。女連れてなきゃ、もう少し張り合いあったんだけどな」

「女?」

「精霊ってのは嫉妬深くてな。自分だけを見てほしいってワガママなんだよ。あの精霊ヤロウ女二人連れてたけど、それで怒った精霊が力抜いてたんだよ」

「はー。精霊にそんな特徴が」


 頷くエリック。だがカインの性格からして、女を連れて歩かないというのは無理な話だ。カインに教えても信じてもらえないだろうけど。


「ま、安心しな。今のところ大将以外に興味はねぇ」

「あー。因みに僕が誰かに負けたら、その人の子供を産まないといけないとかは……?」

「ないない。あったとしてもオレが勝って上書きしてやるぜ」

「あー……うん。あくまで『ネイラが負けたと思う』ことが条件なわけか」


 どうにか村の掟ルールを撤回しようとするエリックだが、どうにもこうにもいかない数日だ。

 そうこうしているうちに注文した軽食がやってくる。焼き立てのパンと紅茶。簡素だが淹れ立て出来立てはそれだけで美味だ。エリックはこっそりこの店を高評価している。


「わーってるよ。大将が困惑するのも。知らない常識を押し付けられるのは誰だって困るもんな」


 やってきたパンと紅茶を口にしながら、ネイラは言葉を放つ。


「大将にコッチに合わせろ、なんて無茶は言わねーよ。でもオレも変えるつもりはねー。お、これうめー! 本当に麦がこうなるのか? しんじらんねー!

 だから時間をかけてゆっくりヤルつもりだ。背中合わせて戦っていけば、じっくり歩み寄っていけるんじゃねーかって感じだよ」


 言ってニカッと笑うネイラ。

 それは性差を感じさせない屈託のない笑顔。男女ではなくパートナーとしての笑顔だ。


「……僕はネイラと背中合わせで戦えるような強さはないけどね」

「例えだよ例え! 大将のそういう所はオレも知ってるって! 勿論、いい所もな!」


 言ってエリックの肩を叩くネイラ。遠目から見れば、活発的な男エルフに元気づけられる学生風な男に見えただろう。


「その気になったらいつでも言ってくれ。大将の好きなようにしてもいいぜ!」


 不等辺三角関係の一辺は、友情に似た愛情もしくは愛情に似た友情。

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