「じゃがーのーと?」

「オレの名前はバスターヘラクレス!

 悪辣非道な人間共に鉄槌を下すためにここに参上!」


 言って木の上でポーズを決めるバスターヘラクレス。全身を黒い鎧のようなもので身に纏ったソレは、そのまま跳躍して空中で回転しながら着地する。その重量を証明するかのように、ズシンと大きな音が響く。


「貴様達人間が犯した罪は重い! 神が天罰を下さぬのなら、このバスターヘラクレスが神に変わって鉄槌を下すのみ!」

「エリっち、知り合い?」

「いや、まったく」


 びしっとクーとエリックを指差すバスターヘラクレス。あまりと言えばあまりの登場と台詞に、クーは人間て変なのと言う顔をした。


「うるせぇ! 静かにしやがれエリック!」

「ちょ、もう。まだ服着てないのに……!」

「カイン様、少し待って……!」


 バスターヘラクレスの叫び声にテントから出てくるカイン。カインの服が少し着崩れて、カーラとアリサが少し熱っぽい声になっているのは……気付かなったことにしようとエリックは目を閉じた。ナニやってるんだよ。

 いや、今の問題はそこじゃない。


「って何だぁ? この黒いのは?」

「オレの名前はバスターヘラクレス! 貴様ら人間に天罰を下すため現れた!」

「って何だ? この黒いのは?」

「うん、僕も今同じ感想を抱いてる」


 カインの問いかけに、エリックはどう答えたものか難儀していた。どう対応していいのか悩み、停滞する空気。

 だが、その空気はバスターヘラクレスにより壊される。


「正々堂々、勝負だ。人間!」


 拳を構え、突き出す構え。たったそれだけで場を変換させた。

 気を抜けば、拳に打ち砕かれる。そんな空気に。


「よく分からねぇが盗賊って事か。だったら教えてやるぜ。おい、お前達!」

「はい! こちらにおわす御方は国防騎士バレット家の出、カイン・バレット様!」

「そのジョブは剣と精霊術を操る四元騎士エレメンタル・ナイト! 先の戦いにおいて、嫉妬神の眷属を討ち倒した<準神殺し>ですわ!」

「おいおい、もっと褒めろよ」


 自分を称えるカーラとアルマに笑って答えるカイン。


「……こいつもこいつでアホね」

「まあまあ」


 ぼそりと呟くクーを制するエリック。正直エリックも同意だが。


「<準神殺し>の精霊剣士、相手に取って不足なし! オレの必殺技、受けてみろ!」


 言うなりバスターヘラクレスはポーズをとって大きく後ろに跳躍する。バク転をしながら距離を取り、力を溜めるようにしゃがみこんだ。


「はっ、距離開ければ剣から逃げられると思うなよ! その距離までなら射程範囲内だ!」


風剣エア・ソード迅雷風裂剣サンダー・ストーム!』


 カインは剣に風を纏わせ、振りかぶる。荒れ狂う竜巻が一直線に突き進む。高速で迫る空気の刃がバスターヘラクレスを包み込み、


邪我亜濃斗ジャガーノート全力全身ゴーゴーゴー!』


 その風を真正面から打ち破るようにバスターヘラクレスが突撃した。短距離走のスタートダッシュのように全身で自らを撃ち出し、そのまま地面を蹴って風圧を突き抜けていく。


「ば、馬鹿なぁ! この俺の精霊剣を――ぐあああああっ!」


 カインの撃ち出した風の全てを力技で突破し、更に四元騎士エレメンタル・ナイトを撃ち砕く。

 力押しの突撃。それだけで魔法と剣技の複合技を打ち破ったのだ。


「カ、カイン様!?」

「こいつ……重戦車ジャガーノートか!?」


 あまりの結果に戦慄するカーラ。そしてその戦法に怯える様にアルマが一歩引いた。


「じゃがーのーと?」

「うん。重戦士系ジョブ最強の一角で、圧倒的な力で戦うんだ」

「確かにわかりやすいゴリ押し系ね。あれ、ヤババババよ」


 バスターヘラクレスから馬車を守る位置に陣取りながら、エリックはクーに相手のジョブについて説明する。

 重戦士。パワー系戦士の代表ともいえる戦士ジョブで斧や巨大な鈍器と言った重量計武器を用いて戦うジョブである。スキルも<斧使いアックス・マスタリー><槌使いハンマー・マスタリー><重鎧熟練アーマー・エキスパート><大盾熟練シールド・エキスパート>と言った武器や防具を扱う系統のものが多い。

 だが重戦車ジャガーノートは別格で、とにかく素の力や頑丈さ増す系列のスキルが多い。<怪力ストレングス><頑強タフネス><攻撃上昇アタックアップ><偽・不死イモータル>……とにかく倒れず力で押し切る系列のジョブなのだ。


「カーラはカイン様を! 私はこいつを押さえておく!」

「分かった! 3秒後に香を巻くから!」

「これが龍使いロン・マスターの動き! どれだけ力があっても、当たらなければ意味がない!」


 カーラとアルマも同様に動いていた。カーラはカインに近づきながら香炉を用意し、アルマは拳を握ってバスターヘラクレスに迫る。既にロンによる自己強化は終えているのか、その動きは流麗と言えよう。水に流れる木の葉のように、バスターヘラクレスの攻撃を避けていく。


「っ、せい!」

「は?」


 だがそれも数秒の間のみ。

 突き出されたバスターヘラクレスの拳が、正確にアリサの胸を穿つ。その先には香を焚いている途中のカーラがいた。カーラを巻き込むように吹き飛ばされたアリサは、驚愕の表情を浮かべていた。


「ば……馬鹿、な。今の動きは<打撃格闘ストライカー>の動き……ジャガーノートじゃ、なかったの、か」


 ありえない。

 エーテルは一人一つ。そしてジョブも一人一つ。それが世界の大原則。

 そしてジャガーノートはパワーアップ特化ジョブ。<打撃格闘ストライカー>のような技巧をあげるスキルは派生しない。

 ならばあいつのジョブはジャガーノートではないのか? いや、それはありえない。カインの風を真正面から力技で突破できるジョブなどジャガーノート以外にあり得ない。

 こいつは一体何なんだ……?

 アリサが倒れる寸前まで思っていたことは、エリックも同様に思っていた。


(現実を否定するな。事実を見ろ。そこからどうするか決めるんだ)

(逃げるか、戦うか? 第一義を定め、それを基点に考えろ!)


 パニックに陥りそうな思考を何とか抑え、フル回転させるエリック。


「押忍!」


 アリサとカーラが動かなくなったことを確認し、バスターヘラクレスは叫んだ。おそらく勝利の叫びなのだろう。

 そしてバスターヘラクレスの視線はエリックとクーの方に向く。


「次はお前らだ」


 黒の暴風は、今ゆっくりと拳を構えた。

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