「オレの名前はバスターヘラクレス!」

 日が沈む前に馬車を止め、焚火の準備を行う。

 街から離れた大自然では日が落ちれば明かりが途絶える。合言葉コマンドワード一つで明かりがともせるマジックアイテムはかなり高価で市場に出回ることはなく、


「はっはっは。魔力の灯りを生み出せる杖だぞ。貧乏人のエリックにはとても手が出まい!」

「素晴らしいですわ、カイン様!」

「ムシはせこせこと焚火を作るしかないもんね」


 それを持っているカインの経済力はかなりのモノである。事実、エリックは焚火を作るために枯れた木々を集め、火を起こしている。手慣れたもので効率よく薪を拾っていく。


「前から思ってたけど、エリっちアウトドア強いよね? 山系男子?」

「あー。湿度が高い所が好きな虫とかいるから、<感覚共有シェアセンス(虫限定)>でそういう虫が行かない場所を探してるんだ」

「あーね。エリっち蟲使いってこと忘れてた」

「……うーん。それは、なんだろう。僕らの関係性だから忘れてほしくないような」


 蟲使い、というジョブ自体に色々コンプレックスを持つエリックだが、このジョブだからこそクーと絆が結べたこともある。色々複雑なエリックであった。


「えー。だってエリっち、あーしを使うとか命令するとかしないじゃん」

「まあ、その……っていうかクー、命令はなしっていいたじゃないか」

「う……。まあ、確かにあれは……うん、なし」


 初めて<命令オーダー(虫限定)>された時のことを思い出し、顔を背けるクー。あれは危なかった。いろいろ支配されてしまいそうな、それでいてそれが心地良くなるような感覚。


(まー、その? たまには強引にっていうのも悪くはないかなー、っておもうこともあるんだけど)

(エリっちは草食系すぎるしなー。そういう所がいいんだけど。でもたまには肉食っぽくなってもいいかも? ロールキャベツ系男子とか、アリじゃない?)


『クー。そんな格好しちゃだめだから』

『え? なんで?』

『他の男に見られるだろ? 僕以外の男にふとともや胸の谷間を見せるんじゃないよ』

『やだ、エリっち。顔近い……』

『顔を背けるなよ(顎クイ)。僕以外を見るんじゃない。クーは僕の女なんだから』


(んー……ありなしのあり? エリっちなんだけどエリっちじゃない感じ。じゃ……)


『クー。服を脱いで下着になるんだ』

『ひゃい(<命令オーダー>されて自分で服を脱いでいく)』

『どんな下着をつけてどういう気分なのか、自分の口で言うんだ』

『今日の下着は、エリっちが好きそうな黒のガーダーベルトと、白の上下で……大事なトコロ以外は薄くメッシュ状に編んでましゅ……や、恥ずか、しい、よぉ』


(なしなし! やっぱり<命令アレ>はダメ! あんなのマジありえんてぃ! ハマりそうでヤババすぎ!)


 いろいろ妄想して、両手で頬を押さえて首を振るクー。その様子を疑問符を浮かべてみるエリック。

 ともあれ、日は落ちて野営となる。ギルドの情報が正しければ何かに襲われる可能性は低く、見張りも念のための意味合いが強い。とはいえ、見張りを怠るわけにもいかないのが冒険者――


「じゃあ俺達は先に寝るわ。時間になったら起こしてくれ」

「見張り頑張ってねー」

「サボったら殺すからな、ムシ」


 テントを立て終えて早々に眠りにつくカインとカーマとアリサ。

 冒険者の野営は交代で見張りをすることになっている。夜を十時間として、五時間ごとの交代だ。振り分けはパーティ毎に様々だが、人間関係の問題でカイン&カーマ&アリサとエリック&クーの二チームに分かれることになった。


「交代で寝たところで、あの三人に寝首かかれるとかあるんじゃね?」

「流石にそこまでは……」


 流石のカイン達も、仕事に支障が出る範囲でエリック達をいびるようなマネはしないだろう。仕事の失敗は自分達の評価につながるのだ。

 逆に言えば、仕事に影響しない範囲でなら遠慮なく攻めてくる。先ほどの馬車でのやり取りのように、依頼主のドーマンが見ていない場所などだ。


「そーなんだ。人間てそう言う所がわけわかめ。欲深い癖にどーでもいいルールはきちんと守るんだから」

「……魔物モンスターはそういうのは守らないの?」


 思わず小声で尋ねるエリック。誰も聞いていないだろうが、やっぱり憚られることだ。自然と声を押さえてしまう。


「んー? エリっちたちが魔物モンスターって言ってるのも主語大きいからアレだけど……種族ごとでまちまち?」


 人間が『魔物モンスター』と定義しているのは、大雑把に言って人間に害為す種族すべてだ。たしかにクーも答えづらいだろう


「それもそうか。じゃあアラクネだとどうなの?」

「……エリっち、あーしに飽きて他のアラクネをゲットするつもりなのね! きゃー。みんなにげてー」

「なんでそうなるの!?」

「えへへー。なんとなく? でもマジレスするとあーし以外のアラクネって見たことないの」


 頬をかきながら、どこか遠くを見る様にしてクーは肩をすくめた。


「え? でも親とかは……?」

「知らない。気が付いたらダンジョンの中で、知識ジョブとか技術スキルとかがぶわぁってエーテルに流れ込んできて? ああ、あーしはそう言う存在アラクネなんだって理解したの」

「なんだろう、よくわからない」

「だよねー。あーしもわからん」


 そんなものなのか、とエリックは無理やり自分を納得させる。種族が違えば生き方も違う、という事か。

 だが人間の場合はどうだろうか? 10歳の時にジョブが確定し、形成されたエーテルのままにしか成長できない。多少の差異こそあれど、クーの話とあまり変わらないのではないだろうか。


「でも親もいないっていうのは――」

「エリっち、誰かいる」


 話の続きは声のトーンが変わったクーの指が制止する。誰か?

 クーの視線の方を見ると……闇の中に立つ何かがあった。


「オレの名前はバスターヘラクレス!

 悪辣非道な人間共に鉄槌を下すためにここに参上!」


 全身を黒くて硬い甲冑のようなものを着こんだ人型の何かが、木の上に立って腕を組んでポーズをとっていた。


「ばすたー」

「へらくれす」


 クーとエリックは、思わずオウム返しに相手の名前を呟き返していた。

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