「んふふー。快適快適ー」

 馬車はオータムの門を出て、街道を走る。

 エリック達冒険者が割り当てられたのは、三代目の馬車。荷物搭載用の馬車で、椅子などないものだ。馬車の床に座って荷物に背中を預けるしか体を休めることはできない。街道は人や馬車が通るようにされているとはいえ、石畳などで舗装されているわけでもなく、時折落ちている石を踏んだ衝撃は馬車を揺らす。


「カイン様ぁ、痛いですぅ」

「カイン様の椅子に座っていいですかぁ?」

「おう、もちろんだ。いやぁ、こういう事を予測しておくのも冒険者の基本だよな」


 カインは折り畳みの椅子を取り出し、カーラとアリサに渡す。カインが持っているのは、魔法で作られた袋だ。別の空間に荷物を収納することが出来るモノで、かなり高価なマジックアイテムである。その中にそういった荷物を収納しているのだ。


「貧乏人のエリックには一生手が出ないからなぁ、こういうマジックアイテムは」

「ホーント、国防騎士出身のカイン様の器よねぇ」

「下品な女でも、体を使えば恩恵にあずかれるんじゃないかしら」


 クッション付きの椅子に座り、床に座るエリックとクーを笑うカイン達。二人が床に敷いているのは、何処にでもある毛布だ。床から来る衝撃を和らげるには、心許ない。


「あーら? パパに頼らないと何もできないのかしら、そこのお坊ちゃまは」

「あ?」

「そんなものなくても、あーしは大丈夫だから安心してくださる?」

「強がり言ってるんじゃないわよ、この――」


 何か言いかけたカーマは、毛布が床に敷かれているのではなく僅かに浮いていることに気付く。正確には何かに引っ張られて床から離れているのだ。


「まほーのじゅうたんでーす。いぇい!」

「クーの糸で引っかけて浮かしているだけなんだけどね」

「もー、エリっちネタバレ早すぎ。アイデア出したのはエリっちなんだけどね」


 Vサインをするクーの隣で、申し訳なさそうに答えるエリック。

 馬車の梁に糸を張り、ハンモック状態にしてその上に毛布を敷いていたのだ。これなら床から直接衝撃を受ける事もない。


「どう、貴族のお坊ちゃん? お願いするなら、糸張ってあげてもいいけど?」

「ふざけんな! 誰がお前なんかに! ……あいた!」

「そうよそうよ! いい気になって泣きを見るのは……っ!」


 クーの挑発に何かを言いかけたカイン達は、揺れる馬車の衝撃を受けて口を紡ぐ。クッション付きの椅子とはいえ、折り畳みの簡素なものだ。衝撃を完全に吸収するには至らない。


「んふふー。快適快適ー」

「確かにクーの糸は頑丈だからね。よほどの衝撃でもない限りは――」

「ちがーう。エリっちのアイデアでやりこめたのが気持ちいいー」


 カインに聞こえるように言葉を放つクー。カイン達もこの状況で何かを言えば泥沼だと分かっているのか、怒りを堪える様にしている。


「あの、クー? 少し露骨過ぎない? カインにいい印象をもってないのは解るけど……」


 流石にどうかと思ったのか、エリックは声を潜めてクーに忠告するように囁く。


「そりゃそうよ。エリっち、ぶった切られーのでカム着火インフェルノゥなんだから。むしろエリっちが大人しいのがわけわかめ!」

「まあ、経緯はどうあれこっちから殴りかかったわけだし」

「まあ、じゃない! その経緯にしたって、あっちから襲うつもりだったんだし!」


 指さすクーに、カインはけっ、呟き横を向く。

 冒険者ギルドにおいて、仲間内の戦いは基本認めていない。だが冒険者同士のいざこざを解決するために模擬戦などを行う事もあり、ある程度黙認されている節はある。ある程度の実力がなければやっていけない稼業のため、多少荒々しくなるのは避けられない。

 仮に今回の件をギルドに報告したとして、カインにある程度の罰則が加えられるのは確かだが、冒険者ギルドの資格はく奪までは至らないだろう。有能且つレアジョブなカインを手放すよりは『エリックの安全確保』の意味合いでエリックを放逐する方がギルドの損得勘定的にあり得る。


(――なんて考えるのは、ネガティブ思考だってわかっているんだけどね)


 そこまで考えてエリックはため息をついた。経緯はどうあれ、冒険者ギルドがこのパーティ構成を『良し』として依頼主に紹介したのだ。ならばその期待には応えないと――


「まー、また襲われてもエリっちがもう一回パンチしてくれるから、あーしは超安心なんですけどー」

「今のうちに抜かしておきな、糸使いスレッド・マスター炎精霊サラマンダーでその糸焼いてやるからな」

「きゃー。放火魔がいるー。あーし、こわーい」


 言い争いをするカインとクー。協力するつもり皆無の二人を見て、エリックの決意は萎えていくのであった。

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