Dランク依頼『商人を護衛せよ!』
「お仕事あるといいね、エリっち」
気が付くと、部屋の天井が見えた。いつも寝ている冒険者ギルドの借家だ。
「……あ、エリっち起きた?」
すぐ真横からそんな声が聞こえてくる。自分の糸で編んで作ったのだろう薄桃色の寝巻を纏ったクーだ。
(ちょ、近い近い! なにこれ、ええと、添い寝!?)
密着するように同じ布団の中にいるクー。布一枚の向こう側にある黒肌とその柔らかさが感じられそうだ。おもわず体を動かそうとして――激痛でうずくまる。
「痛、……っ!」
「とーぜんでしょ。ボロボロだったんだから。あそこからここまで運ぶの、大変だったんだよ。街の門からは兵士の人? に頼んだけど」
「え? ……ああ、そうか」
カインと戦って……というか一方的にやられて、誰がここまで運んだのかと言われれば勿論クーだろう。町まで戻って門番に頼み、手当てをしてもらったのか。包帯と共に巻かれてあるのは、人間用の薬草だ。
「あ、それは感謝するけど……あの、ずっと横で寝てた、の?」
「そーよ。エリっちの寝顔、ずっと見てたの。最初は痛そうだったけどそのうち落ち着いて来て。そのうちあーしも寝ちゃった」
(やばいやばいやばい! 今更だけど距離近すぎー!)
微笑むクーを見て、エリックは目を逸らす。こういう時に何をどう言っていいのか、まるで分らない。
(落ち着けエリック。クーはそういう距離感とか人間の常識を知らないだけで、そこを勘違いしていい気になったらクーを傷つけてしまうかもしれないし!)
よく抱き着いてきたりするクーに対し、もしかして自分に好意を持ってくれているのではと思ったこともある。
だけどエリックとクーの関係は蟲使いとアラクネだ。もっと言えば、癒す立場と癒される立場だ。数少ない自分を癒してくれる相手だから、好意的になっているのだ。
(医者にお礼を言う患者のようなもので、それを勘違いして医者が患者に手を出せば――!)
社会的デスである。まあ、それ以前にクーの糸で肉体的にデスされるわけだが。
「と、とにかくもう起きなくちゃ! ほら、ギルドに仕事があるかもしれないし!」
「あーね。結局キノコあまりとれなかったもんね」
「……そう言えば、そんな現実的な問題もあったね」
エリックの財布は素寒貧である。ここでギルドの仕事が無かったら、しばらくはスープのみになりそうだ。
「お仕事あるといいね、エリっち」
「……そーだね」
実のところ、冒険者ギルドには数多の依頼が来ている。オータムの街は商売の中間地点で、商人の護衛をメインに、街道の魔物討伐や盗賊退治、未探索遺跡踏破のメンバー募集など数は多い。
ただ、エリックが受けることが出来る依頼は少ない。Eランク冒険者のエリックには戦闘必至な依頼はギルドが受けさせない。エリックもそれを承知しているので、自然と受ける依頼は限られてしまう。
「まあ、どこかの
言いながら冒険者ギルドの戸を開けるエリック。クーも部外者だけど気にすることなくエリックについて中に入る。
「ホワイト様」
入るなりいきなり受付に呼ばれる。無言の圧力でこちらに来いとメッセージを受け取り、その圧力に逆らうことなくエリックは受付にやってくる。
「二日後、ポーション商ドーマン様の馬車がオータムからクリムガルドに向かいます。
その護衛についてください」
「…………は?」
突然のことに驚くエリック。
馬車護衛。先も告げたが冒険者の仕事としてはオーソドックスで、ランクの都合上エリックは受けることが出来ない。戦闘になれば何の役も立たないエリックが、護衛などできるはずがないのだ。
それはギルドも重々分かっているはずなのだが……。
「あの、僕はEランクなので護衛系はまだできないんじゃ?」
「バレット様から指名がありました。今回の護衛任務に必要だと。
Cランクパーティが同行するので、ホワイト様の同行も認可された形です」
「バ……カインが…………?」
そういう事かー、とエリックは状況を理解した。
おそらくこれは先日受けた屈辱を晴らすべく、カインはエリックを逃がさないように、馬車護衛に同行させるようにギルドに申請したのだ。名目上は低ランクを鍛える名目か。
だが、ギルドの目の届かない所で何をするのか。先日山の中で襲い掛かろうとしたことを考えれば、想像に難くない。仕事に影響しない範囲で恨みを晴らすつもりなのだおう――そもそもエリックはいない方がいいのだから、それこそ何をするかわからない。
居心地の悪さマックス。命の危険マックス。クーの危険マックス。エリックの危険感知は最大アラートを鳴らしていた。
「あの、断りまs――」
「先に申しておきますが、この依頼を断った場合ギルドに非協力的という事で今貸し出している借家の退去を申し出る可能性があります」
「…………う」
「往来中の食費はドーマン様負担。それに追加してDランク依頼相応の報酬がもらえます。悪い話ではないと思うのですが」
ものすごく悪い話です、という言葉を喉元で押さえ込んだ。だが断わる選択肢だけはない。今住んでいる場所を追い出されれば、路上生活待ったなしだ。
何とかならないか、と考えていると、
「なになにー? エリっち旅行行くのー? あーしもいきたーい!」
「はい。フリーの方も同行可能とバレット様は申しております」
「やりぃ! おけよね、エリっち?」
退路は完全に断たれた。ハイテンションでせがむクーの揺らしを感じながら、エリックは依頼書類にサインを書いた。
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