第41話 時の旅人(3)




 三階に着くと、廊下を歩きオフィスに辿り着く。


 オフィスの机が退けられて避難している人たちは無駄な体力を使わないようにと、力なく床に座り込んでいる。


 そして、俺たちの姿を見ると立ち上がり、距離を取ることで敵意を示す。


「だ、誰だ君達は!?」


 俺と真琴は段ボール箱を床に下ろし、敵じゃないことをアピールするために手を挙げる。


「えっと。俺たちは怪しいものじゃないです!


 皆さんの味方です!」


 このフロアの人たちに聞こえるように大きな声で叫ぶ。


「……」


 避難している人たちはまだ信じられないのか、疑心に満ちた目で俺たちを見る。


 まぁ、そりゃそうだよな。


 外から来た人間が自分達の味方である可能性よりも、敵である可能性の方が強い。簡単に味方だと信じれるわけない。


 人間に化ける餓鬼がいるくらいだからな。餓鬼だった場合、逃げ場のないこの場所では殺されるしかない。


「隼人!」


 と、考えていると、じりじりと下がる避難民の中から二つの人影が飛び出して、俺の元へ駆けつける。


「父さん!母さん!」


「無事だったのね……よかった」


 母さんは涙を流しながら俺を抱きしめる。


 少し痩せたのだろうか、前よりも腕が細くなっているような気がする。


「まぁ、なんとか」


 この人達は、自分の息子が餓鬼かもしれないなんて考えないんだろうな。


「よかった……よかった……」


 父さんは俺を見つめながら今にも泣きそうな震えた声で、そう呟き。


「隼人。千花ちゃんは?一緒じゃなかったの?」


 母さんは俺に抱きつきながらそう聞く。


「千花は……」


 なんて答えればいいのだろうか。死んじゃったけど、幽霊になって生きています。とでも言えばいいのだろうか。


 俺の反応を見た父さんがこれ以上追求することはなく、母さんに目を配る。


「もういいだろ。隼人が生きていただけで十分だ」


「……そうね」


 父さんと母さんは顔を見合わせて、安堵で胸をなで下ろす。


 ずっと、俺が生きているかどうか分からず不安の毎日を過ごさせていた。


「できれば、この食糧を避難している人達に配ってくれないか?」


「よし、分かった」


 段ボール箱を指差してそう言うと、両親は頷いて段ボール箱の中の食糧を配っていく。


 避難している人たちは抵抗なく受け取ってくれる。


 父さんと母さんと話せたおかげで、他の人達も俺と真琴が味方であるとわかってくれたようだ。


 配り終えたところで、俺は両親に『ドリーマー』やギフトのことを話すかどうか考える。


 できれば、知らないでいてほしい。知れば、俺が行こうとするのを止めるだろう。


 止めはしなくても、快く送り出してくれることなどはないだろう。


「じゃあ、俺たち他の人たちにも食料を届けてこないといけないから」




「届け終わったらまた戻ってくるのよね?」


 母さんが不安げに俺を見て、目を潤ませる。



 このまま黙って去るのが一番だ。


 両親にこれ以上、心配はかけなくない。



「……うん」




 俺はそう頷き、エスカレーターで次の階に行こうと背を向けて歩き始めた時。



「ま、真琴……?真琴なの?」



 一人の女性がそう呟いて、真琴に近づいた。




 真琴の、母親だろうか。


 女性は感激に声を震わせながら、一歩ずつ真琴に向かってゆっくり歩く。


「何年振りかしら。大きくなったわね。覚えてる?また再会できるなんて……」


「うっ……」


 真琴はその女性を見てひどく驚き、俯く。



「真琴……」




「その口で俺の名前を呼ぶなっ!」



 真琴は女性を睨みつけ、力強く叫んだ。




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