第17話 武器庫(5)


「はぁ?渚、お前何言ってっ!?」


 嘘だろ。


「俺達の食料を奪っていった奴らは、このデパートの向かいの高層マンションの上階にいる。どうか……お願いだ……」


 男達は勝手に話を進め始めるし。


「分かったわ。任せておきなさい。

 さぁ、隼人。行ってくるのよ!私たちの無罪を証明するためにっ!」


 渚は自分が行くわけではないのに勝手に決めるし。


「ふっ……」


「ふ?」


「ふっざけんなぁぁぁぁぁ!!」


 ということで、俺一人でその敵地に突っ込むこととなった。



「はぁ。なんで俺単身で敵地に行かないといけないんだよ。いや、おかしいだろ。絶対おかしい。なぁ?お前もそう思うだろ?狂犬」


「ワンッ!」


 俺と狂犬は男達が言っていたマンションの玄関の前に立ってマンションを見上げる。


 これを見て、ため息を吐かずにはいられない。


 マンションは数えてみたが十五階建てで、高級そうなマンションだ。そんなマンションは耐震工事は万全だったようで、パッと見ではそんなにマンション自体に欠損はなさそうにもみえる。


 けれど今は人の気配はなく、誰も住んでいないのか物音一つ聞こえない。男達の話によれば、このマンションの最上階だけ馬鹿デカイ部屋が一つだけあり、そこに食料を奪った犯人が住んでいるのだという。


 その犯人から食料を奪い返して男達の元へ帰る一連の制限時間は三時間。それより遅くなったら俺と渚を敵とみなして渚を殺すと男達に脅された。


 いや、渚がそんな簡単に殺されるとは思ってないけど。


「クゥン」


 狂犬は俺の愚痴を聞きながらも、体を摺り寄せてくれる。


 狂犬は優しいな。誰かさんと違って。



「はぁ、やっぱり渚に任せるべきじゃなかったな」


 後悔して思い出すとまた、ため息をついてしまう。だが、今更どうしようもないことだ。


 ここで愚痴をこぼしていても現状は変わらない。 だがここまできたら戦果なしでは帰れない。



「さて、行くか」



 覚悟を決めてマンションの玄関を抜けて入り、階段を上がる。


「ほんっとに、なんでエレベーターが壊れてるかなぁ。


 タイミングが悪すぎるだろ」


 地震で壊れたのか、津波で壊れたのかは分からないが、エレベーターのボタンを押しても反応は一切なかった。


 最上階まで一体階段が何段あると思っているのだろうか。


 数週間全く動いていない、運動不足の俺にはこれはハードルが高すぎるのだけど。こんな事ならちょっとは運動しときゃよかったな。


 そんな事を考えながら一階分の階段を上り切ろうとしたところで。


 カチャ。


 と、階段のある一部分がほんの数センチ地面に向かって陥没した。


「ガウッ!」


「っだぁぁ!?」


 狂犬が俺の服の裾を引っ張り、一歩下がった瞬間。


 ひゅん。と。


 鋭利なナイフが左側の壁から飛び出て目の前を過ぎ去り、右側の壁に深々と突き刺さった。


「……あっ……ぶなっ……し、死ぬかと思った」


 狂犬に引っ張られなければ、あのナイフが頭を貫通して一発であの世行きになっていたところだ。


 俺は冷や汗をかきながら体を支えようと壁に手を着くと。


 カチッ。とまた凹んだ。


「またかぁ!!」


 今度は上からナイフが落ちてきた。


 咄嗟に横に退いて避けられたからよかったものの、次は避けられる気がしない。最近のマンションは防犯がすごいなとかそういうレベルの話じゃない。これは侵入者を撃退どころか、刺殺するために意図的に作られた罠だ。


 しかも、最悪な事にこれは餓鬼用の罠じゃない。明らかに人間用の罠だ。あのデカイ図体の餓鬼を仕留めるなら、ナイフ程度じゃ効かない。


 んで、それがこの二つだけなはずがない。たまたま、偶然この二つ以外の罠に引っかからなかっただけと考えた方がいい。


 となると、まさか、このマンションは罠だらけ?


「マジかぁ……」


 そう考えたら、もう一歩も動けなくなる。一歩前に出たらナイフが飛んでくるかもしれない。かといって一歩後ろに下がっても、またナイフが飛んでくるかもしれない。ここに至るまで全く罠に出くわさなかったのはたまたま運がよかっただけと思わなければ。



 次は確実に当たるかもしれない。



 そう一人で頭を悩ませていると、狂犬はまた俺の服の袖を引っ張ってきた。


「何だよ狂犬。俺今ちょっと動けない状況なんだけど。お前は実体がないから罠なんて関係ないだろうけどさ。


 ……え?策がある?」


「ガウッ!」


 そう聞くと、狂犬はその策を俺に伝えてくる。えっと。なになに。


「何?捕まれって?」


「ガウッ!」


 狂犬は自信満々にそう伝えてきた。


 俺はその通りに狂犬を掴もうと試みてみるが、どこを掴めというのだろうか。


「いや、無理だから……っうぁっ!?」


 狂犬は我慢の限界だったのか、無理矢理俺の制服の首襟を噛み、そのまま階段の外に出て壁を垂直に登り始めた。


 流石に外壁には罠は仕掛けられておらず、俺の体はどんどん地面から離れていく。


 狂犬は平地を駆けるように平然と壁を登り続け、俺は下を見ないように善処した。


 足が地面につかないという不安定な浮遊感に体が襲われるため、下を向けばパニック状態になりそうだ。だが、下手に暴れて狂犬が俺の制服をその顎から放したら地面へ真っ逆さま。真っ赤なザクロが咲き乱れることだろう。


 だからと言って、恐怖を感じるなと言われても無理だ。ギフトを得てから死というものに恐怖を感じにくくなったものの、高い場所に対しての恐怖は感じる。


「いやいやいや!?狂犬!おすわり!伏せ!待て待て待て!!だぁぁぁっ!もうっ!!


 お願いだから言うこと聞いてぇぇぇぇ!」


 俺はなす術なく最上階まで狂犬に運ばれた。

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