第7話 創造世界(1)
とある昼下がり。
柔らかい光と暖かい風が開けた窓から差し込み、カーテンを静かに揺らし。そして、窓際に座る少女の髪を撫でる。
「あーあ、もう桜散っちゃったね」
千花は校舎の窓から校庭の桜の木を見てそう呟く。
桜の木はついこの間までその薄桃色の花弁を実らせていたのに、今はその花弁は床に落ち、代わりに新緑が点々とその木を飾り付けている。
「ねー、聞いてる?隼人」
「ん?あぁ、聞いてる聞いてる。桜も散るだろ。もう四月も終わりだからな」
俺は机に座って携帯端末を操作しながら千花の言葉を聞き流す。圭介はというと俺の隣の席に座り、俺と千花のやり取りを和やかに見ている。
「そうだよね。でも、私桜って綺麗だから好きなのに、すぐ散っちゃうとかなり淋しいなぁ」
千花は残念そうに口を尖らせて、ため息まじりにそう呟く。
「そんなに落ち込むなよ。また来年も咲くだろ?」
そうだ。今年だけじゃない。来年も再来年も、桜は咲き続ける。
「そうだね。あ、じゃあ来年は花見をしに行こうよ!川沿いの桜並木の下でさ!あそこは絶景だよ」
「お、いいねぇ。行くときは俺も混ぜろよ」
千花は笑顔でそう言って、圭介もその言葉に賛同する。
「それじゃあ、圭介くんは場所取りね!朝一からお願いします!」
「うげっ!まじかよ。ま、やってやるか!絶景ポイントを押さえてやるよ!」
「ふふっ。ありがとう。楽しみだね、隼人」
千花は圭介と笑い合い、そして俺を見る。
「……あぁ」
そんな、何でもない日常の中で何か違和感を感じる。俺はゆっくりと目を閉じ、数秒後に開ける。
「……楽しみ、か」
それは、幸せな夢だった。
あの日から、毎日のように見る悪夢だ。目が覚めれば、悪夢のような現実を受け入れなくてはならない。千花がいないという現実を認めなければならない。
地震が起きたあの日から、二週間程が経った。
校舎から覗く校庭の桜は浸水したことで満開に咲いていた花弁を散らせ、木の根が痛んだのか新緑を灯すことのない枯れ木へと化していた。あの地震から一週間程で街を飲み込んでいた湖はなくなったものの、街をあの化け物どもが闊歩し、蔓延る地獄のような世界に変わりはなかった。
生き残った人々は、一日中化け物に怯えていた。昼間は化け物と出くわさないように祈りながら外を歩き。夜になればいつ襲ってくるか分からない化け物から息を殺して身を潜めなければならない。
運が良かったものは化け物に見つかることなく生き残ったのか、それとも化け物から逃げ切れたのか、未だに生きている者は多い。
だが、時折逃げる人の悲痛な悲鳴が町の方から聞こえ、そして一つ、また一つと闇に溶けて消えていく。俺はそんな世界の中、何かを果たすわけでもなく、何か行動を起こすわけでもなく、ただ生きていた。
血塗れだった校舎の壁や床は紅い血が乾いて黒へと塗り替えられ、窓から差し込む太陽の光が校舎を照らす唯一の光となる。
俺はその薄暗い廊下に腰を下ろして校舎の中に居座り続けている。
「……」
潰されずに残っていた非常食と水をかき集め、それを食べてなんとか繋いで生きてきた。しかし、非常食と水ばかり食べていたせいか、一週間が過ぎたあたりから目眩や吐き気に度々襲われ、体は食べ物を少しずつ受け付けなくなっていた。おそらく栄養が偏り過ぎて栄養失調になっているのだろう。今では水を少しずつ飲むことしかできなくなっていた。
この学校を出て食料を確保しなければ、俺はあの化け物に食われることなく飢餓に陥って死んでいくだけだ。
だから、すぐにでも食料確保のためにここから出る必要がある。
だが、俺はこの二週間、この学校から一歩たりとも出ることはなかった。
いや、出来なかった。
出て行こうとすると、死んだはずの千花の亡霊が見えて、見えぬ手で俺の体を絡め取って引き止める。どうして私を置いていくのかと泣きながら問いかけて来る。
どうして私を見捨てるのかと怒りながら問いかけてくる。
そう問われる度に、俺は置いていくわけないと自身の心に言い聞かせて足を止めていた。
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