第14話 誕生日

 ここ2・3日、港のみんながソワソワしている。

 今日は特に輪をかけておかしい。

 いつも爽やかな豆腐屋のタケさんまで、

「あの~、ご注文の品、お届けに参りましたぁ・・・。」

 と来たら、こっちの方が調子が狂ってしまう。


 理由は分かっている。

 今日は、私の誕生日だ。


 私がココに来て、何と言うか「なんとなく」日々が始まったので、みんなの前でしっかりと自己紹介する機会を逸してしまったままになっている。

 だから私の誕生日をみんなが知っているはずはないし、そもそもそんな機会があれば私のことを『ヒロコ』と呼んでいるはずである。


 そうなると、情報の出所は鈴木ちゃんしかいない。

 最初に漁協に提出した履歴書にある誕生日を見て、あるいは思い出して、きっと鈴木ちゃんが何かサプライズを企画したのだろう。

 それをみんなに話してしまった結果、不器用にもソワソワとしてしまっている。

 大方そんなところだろう。


 さて困った。

「あんた達っ、何か企んでるでしょ!」

 と切り出してしまって良いものか、それともみんなの不器用さに免じて「知らんぷり」を続ける方が良いのか。


 サプライズなんてされた事ないもんなぁ。


「・・・ヨーコさんっ。」

「わぁっ!なんだ先生、びっくりさせないでくださいよぉ。」

 いつもの時間にやってきた先生に気づかなかった。

「おはようございます。」

「あぁぃ、おはようございます・・・。」

「どうしたんです?なんかブツブツ言って。」

「ぃや~それがねぇ先生・・・」

 言ってしまう訳にはいかない。

「・・・んぁ~、それがねぇ~・・・。」

「また源ちゃんが何かやりました?」

「ぃや、源ちゃんが何かやるのはいつものことだから、もう慣れましたけど、今回は・・・ぁ。」

 ・・・そういえば、先生はいつも通りだなぁ。

「あぁ、言われてみると最近みんなの様子が変ですよねぇ、なんて言うか『ソワソワしてる』と言うか・・・。」

 ん?この人は・・・

「先生も気づきました?」

「えぇ、なんだか『いつも通りやらなきゃいけないぃ』って余計に硬くなってるスポーツ選手のような・・・って言ったら大袈裟ですが・・・」

 先生は、聞かされてないのかもしれない。

「な~んか『ぎこちない』んですよねぇ・・・。」

 先生がいつもの席に納まったところで、

「あぁ先生、今日は良いアジが無くてねぇ、アジフライ出来ないんですよぉ。」

「あらぁ~、アジフライ無いんですかぁ。」

「えぇ、その代わりと言ってはなんですが、良いキスがあるので、それでどうでしょう?」

「キスのフライか・・・いいですねっ、そうしましょう。」

「はぁい。」


 そうこうしてるうちに、お昼の混雑を迎えた。

 のだが、今日は静かだ。

 いつもなら、おしゃべりしながらワイワイと賑やかにしているのだが、今日はみんな黙々と食べている。

 普段なら、

「どうしたの?今日はお通夜かい?」

 とかなんとか言うところだけど、今日は理由が分かっているので、みんなが何かするまで「知らんぷり」をすることにした。

 棟梁が時計を気にしている。

「そろそろなんだけどなぁ・・・。」

「ん?どうしたんです棟梁?時計なんか気にして、これからデート?」

「いやだなぁヨーコちゃん、そんなんじゃ・・・」

 ガタガタと外から戸を開けようと奮闘している人がいる。

「あ~はいはい、いま開けますよ~。」

 棟梁が飛んできガラッと開けると、そこには鈴木ちゃんが立っていた。

 手には横須賀の有名な洋菓子店の箱がある。

「あらぁ鈴木ちゃん、どうしたのこんな時間に。」

 ここまで来てとぼけるのは無理がある気がする。

「あぁあのぉ・・・こ、こちらをお持ちしましたぁ。」

「まぁ何?大きな箱を持って~。」

 どう見ても『誕生日ケーキ』だ。

 慎重にカウンターに置くと、

「さ、どうぞ、開けてみてください。」

「まぁ、何かしらねぇ・・・」

 丁寧に封を開け、箱から出すと・・・


 ほ~ら、やっぱり誕生日ケーキだ。

 ・・・でも、驚いた。

 ケーキの真ん中に立てられたプレートに、


『ハッピーバースデー ヒロコさん』


 とあった。

「・・・ぇ、えっ・・・えぇ~っ!?」


(つづく)

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