第12話 母の味
そして、次の13日。
「おっ、おぉ~この香り~!」
一番乗りの棟梁が入ってくるなり、
「ヨーコちゃん、コレっ!コレだよ、おやっさんのうどんの香りだよぉ。」
どうやら「当たり」をつかめたようだ。
「ねぇ~いい香りですよねぇ、秋田の『しょっつる』を使ってみたんですよ。」
「あぁ~『しょっつる』の香りなんだねぇ、コレだよぉ、早く一杯欲しいなぁ。」
「もう、そんな焦りなさんなって、今ネギ切りますから。」
具は万能ねぎを散らすだけのシンプルな一杯。
「はぁい、おまちどうさまぁ。」
「おぉ~、いただきます。」
まずはつゆをひとすすり、そこから一気にズルズルとやり。
「どうです、棟梁?」
「コレだよぉ、この感じだよぉ~。」
「同じ味になりました?」
「あぁ、いい具合だ。まぁ『全く同じ』かまではよく分からないけど、しっかり『ハマ屋のうどん』してるよ。これならみんな大喜びじゃないかなぁ?」
「ホントぉ!?はぁ、ひとまずは良かったぁ~。」
良い方向性を出せた安堵感と、継続していかなければならない使命感に少し震えた。
月に一度の「うどんの日」を港のみんなも楽しみにしている。
次々とやって来てはうどんをすする笑顔に、こちらもつい笑顔になる。
これが「月に一度」というのは少しもったいない気がして、
「ねぇ棟梁?そもそもなんで『毎月13日』なんです?これなら毎日出してもいいはずなのに。」
「さぁ~、なんでも俺がここに来る前から続いてる行事だそうだから、さすがに分かんないなぁ。」
と、お手伝いに来ている美冴ちゃんが、
「あ、ねぇ『母の味』って言うくらいだから、お母さんの誕生日とかじゃない?田舎が秋田ならそう簡単には会いに行けないし。」
「あぁっそうかも!『ハマ屋』って名前も先代のお母さんのアイディアでしたもんね。」
棟梁も同意して、
「そうかもしれないねぇ、月に一度『母に感謝する日』かぁ、俺も親孝行しねぇとなぁ~。」
「えぇ?してないんですか?」
「ん~、何からしたらいいものかねぇと思ってねぇ。」
「ぇじゃぁ、棟梁の『母の味』って?」
「ウチは~・・・、『マドレーヌ』かなぁ・・・。」
「『マドレーヌ』ぅっ!?」
思いもよらぬモダンさに美冴ちゃんと声が揃ってしまった。
「あぁ、ウチの母ちゃんはハイカラな人だったからねぇ、今もジャズダンスやってるくらいだし・・・。」
急に棟梁が「イイトコのお坊ちゃん」に見えてきた。
「ぇ・・・み、美冴ちゃんトコは?」
「ウチはほら、『おっきな塩むすび』よ。」
「あぁ、素子さんのおにぎりって美味しいのよねぇ、こ~んなおっきくて。」
「え?おにぎりなんてそんなに味が違うかい?」
「それが不思議と違うのよぉ、にぎり具合なのかしらねぇ?塩加減も最高だし。」
「でも私がにぎっても同じ感じにはならないのよねぇ。」
「やっぱりあの『大きな手』のおかげじゃないかしら?」
「あ~、大きな手かぁ・・・。」
自分の手を見つめる美冴ちゃん。
美冴ちゃんの手は、小さくてカワイイ。
「ねぇじゃぁ、ヨーコさんの『母の味』は?」
「私は・・・やっぱり『玉子焼き』かなぁ。」
「あぁ~いいなぁ玉子焼きぃ!」
「うん、なんかヨーコちゃんらしくていいねぇ。」
「う~ん、でもねぇ・・・」
でもねぇ・・・
母は私が2歳の頃に死んでしまったので、直接は『母の味』を知らない。
私が料理ができるようになってから、父の忘れられない味であるこの『玉子焼き』を記憶を頼りに再現を試みたもの。
しっかりと出汁をきかせ甘めに仕上げた玉子焼きを、笑顔で食べていた父の姿が忘れられない。
だからこの『玉子焼き』は父の記憶の中の『妻の味』という事になる。
私にとっては『父の味』と言った方が近いかもしれない。
「そんな訳だからさぁ、これを『母の味』と言っていいものか・・・。」
「充分『母の味』ですよぉ、ねぇ棟梁?すごく美味しそうですもんねぇ。」
「あぁ、ぜひ食べてみたいねぇ。」
「ねぇ~ヨーコさん、作って~。」
「も~わかりましたぁ、今度作ってあげますね。」
「やったぁ~、ヨーコさんの『玉子焼き』ぃ~!」
やっぱり美冴ちゃんはカワイイ。
とは言ったものの、少し不安になった。
『ハマ屋』に来て以来、というより、父が死んで以来この『玉子焼き』を作っていない。
「・・・上手く作れるかしら。」
閉店後にこっそり作ってみよう。
ちゃんと玉子焼き器はこっちに持ってきた。
二十歳の誕生日に父が買ってくれた、銅製の立派なやつ。
「良い物は長持ちする、男も同じだからな。」
と言って笑った父。
結局、花嫁姿は見せてあげられなかったなぁ・・・。
閉店後の店内で、ひとり卵を割る。
(つづく)
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