第11話 ハマ屋のうどん
こんな『ハマ屋』にも定休日はある。
形式上は「漁協の直営」という形になっているので、漁協の休業日は『ハマ屋』も休むことになっている。
その休日を利用して、買い出しに少し遠出をしている。
というのも・・・
私が『ハマ屋』に来て半年ほど、メニューの継承は順調にいっていた。
とは言っても、刺身は切るだけだし、焼き魚も塩をふって焼くだけだし、定食に付ける味噌汁も「いつもの」を作ったら「これでイイじゃんっ」という事になったし、フライだけは「衣のザクザク感が足りない」と言われたけど、衣の付け方を工夫したら三度目で合格が出たので、苦労らしい苦労は無かった。
ただ唯一、うまく再現できていないものがある。
『毎月13日はうどん。』
毎月13日はうどんを出すことになっており、この日だけは休日を返上してお店を開けることになっている。
『ハマ屋』開店以来の恒例行事で、住民自慢の「港の味」になっていた。
そんな大事なうどんの味が、うまく決まらない。
麺は同じ製麺所に「同じものを」と注文しているし、出汁にしても港にあるものを使うしかないので、ほぼ同じものが出来ているはずだけど、
「これはこれで美味しいんだけど、なんか違う・・・。」
という感想に落ち着くのを繰り返していた。
関西風を試したり博多風にしてみたり、出汁のとり方を変えてみたりしたけれど、どうやらそういう事ではないらしい。
「香りが違う気がするんだよねぇ・・・。」
香りねぇ・・・。
どこかにヒントはないものかしら。
「ねぇ、棟梁はこのうどんについて何か聞いてないの?」
「う~ん、『何か』と言われてもねぇ、俺はほら、月に一度のうどんを楽しみにしていただけだからさぁ・・・。あぁ、素子ちゃんなら何か分かるんじゃないかい?ほら、おやっさんにいろいろ聞いてたでしょ料理のこと。」
「それがねぇ棟梁、このうどんに関しては教えてくれなかったんだよねぇ・・・。」
「う~ん、そうなんですねぇ。」
「ただ、一回ボソッと『これは母ちゃんの味なんだ』みたいなことを言ってた気はするんだけどね。」
「えっ、先代のお母さんですか?」
「うん、『田舎の母ちゃん』って言い方してたかなぁ?」
「へぇ、じゃぁ先代は雫港の人じゃないんですねぇ。」
その辺りの話は棟梁が詳しい。
「あぁ違うんだよ、『ヨーコさん』はここの人だったけどね。」
「先代の故郷か・・・どの辺だか分かります?」
「ぃや~、どこだったかなぁ?東北の方なのは確かなんだけどなぁ、ねぇ素子ちゃん。」
「えぇ、時々キツイ訛りが出てましたからねぇ。」
手掛かりがひとつ、もうひと声。
「どんな感じの訛りです?」
「ぃや~難しいなぁ、聞けば分かるんだろうけど・・・ねぇ。」
「ん~、たまに出るくらいだったから『あぁ、東北訛りだなぁ』くらいにしか・・・。」
「そうですか・・・、う~ん東北ねぇ・・・。」
もう少し手掛かりが欲しいところだが、
「手紙とか日記とかって残ってないんですか?お母さんからの年賀状とか。」
「そういった類のものは無かったんだよねぇ・・・。」
「う~ん・・・。」
行き詰ってしまった。
レシピだけではなく、先代の「人となり」が分かるようなものは残されていなかった。
先代が残したのは、お店と常連客だけなのか・・・。
が、「東北の味でうどんに合いそうなもの」をしばらく考えていて、ひとつ思い当たるものがあった。
違うかもしれないけど、試してみる価値はありそうだなぁと。
・・・そんな訳で、買い出しに少し遠出をしている。
都内に出れば、各県のアンテナショップがある。
お目当ての品は秋田県のショップにあるはずだ。
『しょっつる』
普通のしょうゆとは違う独特の香りがあるし、当然魚醤だから魚系の出汁にも合うだろうし、何よりうどんとの相性が良さそうだった。
もし先代が秋田の出身なら、間違いなく『故郷の味』に挙げるだろうと思った。
店頭には、高級品も含め数種類並んでいたが、今回は「一般的なものを」と庶民的な値段のものにした。
高級品では「母ちゃんの味」にはならないだろうし、漁協の鈴木ちゃんが嫌な顔をするだろう。
これも経費だからね。
『ハマ屋』に戻り、取り急ぎ手鍋に簡単な出汁をとり、そこにひと垂らし。
まぁ、何でしょうこのいい香り。
「・・・おなか空いてきちゃった。」
さっきトンカツを食べた気がするけど・・・。
炊飯器の中で冷めているご飯を茶碗に盛り、
「ちょっと、お行儀悪いけど・・・」
この出汁をかけ、一気にかき込む。
「・・・うんっ!」
炭水化物との相性はバッチリ。
「うん、これならイケそうかな?」
先代の味と同じかは分からないけど、これまでとは違うものが出来そうな手応えを感じる。
「ねぇ、おやっさんの味って、これなのかなぁ?」
神棚に問いかけてみる。
『おやっさん』って初めて言ったなぁ・・・。
そして、次の13日。
(つづく)
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