第10話 源ちゃんのくまさんと素子さん

 そして、タイミングを見計らったように源ちゃんが帰ってきた。

 それも、やたらと陽気に。


「ヨーぉコ~っ!たっだいまぁ~!」

 まるでイタリア帰りのようなテンションの高さに、

「お・・・おかえり・・・。」

 と気圧されたが、

「お兄ちゃんっ!『たっだいまぁ~』じゃないわよ!」

 美冴ちゃんのカウンターパンチ。

「何よ!この『可愛いコ』はっ?」

 例の「クマさん」を指さしている。

「おぉ!もう届いたかぃ!」

「も~、だからこの『可愛いコ』は何よっ、ヨーコさんは『木彫りの熊』をって言ったんでしょ!こんなのって・・・」

「美冴ちゃんっ・・・。」

 大きく息を吸って、っと

「源ちゃん!私が言ったのはねぇ!伝統的な『木彫りの熊』よ!大自然を生き抜く生命力と力強さ持った鋭い目つきをして、勇猛さと偉大さを体現した立派な体つきをしたヤツよっ。何よこの丸っこいヤツは!えっ!?切り身の鮭なんかくわえちゃってさぁ、こんなのが北海道土産なわけないじゃない!それにねぇよく聞きなさいっ、コレを乗せるための立派な台を作ってもらえるように棟梁にお願いしてあるのよっ。それなのにこんなのって、あぁ・・・アンタいったいどんなセンスしてんのよ、このぉ、スカポンタン~っ!」

 ふぅ、言ってやった。

「・・・で、でも・・・」

 源ちゃんがモゴモゴ言っている。

「でも、何っ!?」

「こ、これ、有名な職人さんの一点ものだぜ・・・。」

「そっ・・・!」


「そういうことじゃなぁ~いっ!!」

 と言ってやろうとした刹那。


 ガラガラっっと戸が開き、

「源~っ!帰ったんでしょ~!!」

 と、素子さんが勢いよく入ってきた。


 素子さんは高校時代、その長身を買われバレーボール部から声がかかり、始めて一年でエースアタッカーになった逸材。

 県大会ではなかなか良いところまで行ったそうだが、大学や実業団からは声がかかることは無く、本人も「そんなに好きじゃなかった」そうなので、卒業後は実家の理髪店を継ぐため理容師になった。

 始めて会ったときは2mくらいあるかと思ったけど、実際には「180cmと、ちょっとよ。」だそうだ。


 目ざとく源ちゃんを見つけると、

「源~っ!」

 思いっきり胸ぐらをつかみ、

「あたしの『白い恋人』は~っ!?」

 源ちゃんのかかとが浮いている。

「あぁ~!お母さんっ、待って待ってぇ~!」

「素子さんっ、『白い恋人』ならコッチに届いてますよぉ。」

「・・・へっ?」

 カウンターに積まれた箱に目を留め、

「あらぁ~っ!」

 と歓喜の声。

 やっとこ自由になった源ちゃんが、

「洗濯物と一緒に送るのがイヤだったから、こっちに送ったんだよ。」

「まぁ~っ!そうならそうと言ってくれればいいのにぃ~。」

 と人が変わったようになり、

「もぉ~、源ちゃんったらぁ~。」

 両手で箱を掲げ大喜び。

 息子にお菓子を買ったもらって喜ぶ母親、

「洗濯物しか入ってなかった時には、どうしてやろうかと思ったわよぉ~。」

 ちょっと怖い。


 こんな感情の豊かな素子さんを見ていると、

「あぁ、この母にして美冴ちゃんありだなぁ・・・。」

 なんて思ってしまう。


「あ、ねぇお母さん、それよりこれ見てよ~。」

 例の「クマさん」。

「まぁ、何これぇ可愛いじゃなぁい・・・犬?」

「犬ぅ!?お母さん、どう見てもクマじゃない。」

「もぉ~、分かってるわよぉ美冴ったら。アレよね、背中にチャックのついたヤツよね?」

 この「クマさん」がしゃべったら、なんて言うだろう・・・。

「それ、源ちゃんの北海道土産なんですよ。私が『木彫りの熊買ってこい!』って言ったら、こんなん買ってきて。」

「あ~、また『こんなん』って言ったぁ。コレ有名な職人さんの一点ものなんだぞ。」

「だからぁ、そういうことじゃないぃっ。」

「ま、まぁまぁヨーコさん。源も、お土産に『木彫りの熊を』って言われてこんなコを買ってくる奴がありますか。」

「だってぇ・・・、普通のじゃつまんないじゃん。」

「もぉ、『普通の』がいいのよ、一回目はね。でもまぁ・・・」

 改めて「クマさん」に目を落とし、

「・・・可愛いから、イイんじゃなぁい?」

 まるで子犬を愛でるかのような笑顔。

「あ、あそこにちょうどいいスペースがあるじゃないっ。あそこに飾っておきましょうよ~。」

 戸棚の一角を指している。

「そ、そうですねぇ・・・。」

 ここは素直に従っておきます。

「あ、でも源ちゃんっ。今度行ったときはちゃんと『木彫りの熊』を買ってきてもらうからね!」

「あっあぁ、分かったよ・・・。」

「それとっ!」

「な、何?」

「洗濯物ぐらい自分で持って帰ってらっしゃい!」

「は、はいぃっ!」

「ほ~ら、お兄ちゃん言われた~。」

「そうよ~、そのくらい自分で持ってらっしゃい。」

「はぁ~ぃ・・・。」

 これにて一件落着。


 ・・・と思ったころ、

「あのぉ~・・・、ヨーコさん・・・。」

 先生の細い声。

「・・・おなかすいたぁ・・・。」

 あ・・・。

「あぁ~っ!忘れてたぁ~!ごめなさい先生っ、今なんか作ります~!」


 その後の検証作業で、源ちゃんがちゃんと北海道に行っていた事と、素敵な出会いなんか無かった事が確認された。

 が、真面目に「研修」していたかどうかは、疑問が残った。


「べ、別に『すすきの』なんか行ってねぇし・・・。」

 ・・・怪しい。

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