暴環 (ii) ――― 2π rad

 昼。

 県立旭原高校の校内はものものしい空気に飲まれつつあった。


 はじめに2台のパトカーが校門を通過し、車を降りた制服の警官とスーツ姿の刑事とおぼしき数人を、学校関係者が案内した。

 その様子を目にした生徒たちが昼休みに口づてやSNSで噂を広めるまでもなく、午後の最初の授業で、各教室のクラス担任から本日の臨時休校が伝えられる。

 一部の者は深い考えもなく喜んでいたが、多くの生徒は、3年D組のクラス全員の行方がわからなくなっているとの話や、生徒間でまわってくる新たな警察関係者の到着情報に、言いようのない不安と興奮を募らせた。D組に友人・知人のいる者は特に強い憂慮を示した。


 授業が打ち切られると、女子生徒を中心に迎えの保護者が散見された。そのなかにはD組生徒の父母もおり、動揺した様子で、事態の経緯と我が子の安否について説明を求めた。

 職員も回答するだけの情報を持ちあわせておらず、狼狽する親への対応には苦慮した。教室での担任や下校途中の警官・刑事の問いかけに対して有用な情報を寄せた生徒はなく、彼らの回答は憶測・勘違い・誇張の域を出ないことがすぐに判明する程度のものだった。


 時間を追うごとに警察車両が1台、また1台と増えてゆき、ほとんど下校した生徒に代わって捜査関係者の姿が校内の各所に見られた。夕方前には、耳ざとい報道関係者が校門付近へちらほら立ちはじめていた。


 校外では生徒や保護者が発信源となり、噂は他校生徒・塾・バイト先・SNS・ブログなど、さまざまな経路を通じて加速度的に拡散していった。

 高校で1クラスの全生徒が消息不明。授業中のできごとと考えられるも目撃情報は皆無。センセーショナルな話題は人口に膾炙かいしゃし、テロ・陰謀論・オカルトといった尾ひれを身につけながら急速に伝播した。

 動きの速いテレビ局は、夕方のニュースを待たずして、バラエティー番組の途中、テロップで報じた。無機質なアラート音が、事件の不気味さをきわだたせる。


『 【速報】**県登幌とほろ市の高校で、多数の生徒が安否不明 』

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