恋環 (xxix)

 日記は、そんな大人の目にじゅうぶん耐えうる文章でしたためられなくてはならない。間違っても


『大事件が発生した。数行ではあるが、クラスの男子とかなり親しいムードでLINEをするという前列のない出来事が、この日起きてしまった。重要な事なので繰り返すが、これはかつて例を見ない。その事実を踏まえて驚天動地、歴史の幕開けを予感させる奇跡のLINE 3往復半について、これより詳細に綴る』


 などとセンセーショナルに書きたててはならない。

 あくまでも冷静に、客観的に、事実だけをありのまま淡々と、学校へ提出するレポートのように事務的な文体で述べる必要がある。

 さもなければ、アウストラロピテクスにんげんしゃかいのえんかつなせいかつをみだすひとたちに辣腕を振るう素敵な女性おとなたまきのお眼鏡にはとてもかなわない。

 未来のかのじょに「うわあ〜、私、コドモだったな〜」なんて苦笑いされる事態は絶対に避けたい。

 日記の内容をすっかり忘れたころのわたしを「えっ、こんなオトナな文章を、私、高校生のときに書いてたんだ!」「すごい。まるで学会に提出される学術論文のように、正確で過不足のない記録をとってある」「本当に高校生のときに書いた文章? 我ながら信じられない」「ちょっとちょっと、やるじゃない、女子高生環じぇいけーたまき!」とあっといわせる、完璧な記録が求めら――


 ……って、待て、待って、待ちなさい、三郎丸環!

 私はさっきからひとりでいったいなにを盛りあがっているの? 事件だの一大ニュースだのと、自分のなかで騒ぎたてて。

 それってつまり、そういうことなわけ? 私は、いちクラスメイトでしかなかった午角くんに、ただのクラスメイトよりはもう少しだけ意味づけをしていると――?

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