ファクトリアル (xxxi)

 1時間半ほどが、それから経過した(無論、時間は進行を中断しているため便宜的な表現である)。


 一八の足もとには、スポーツ少年団の卒団旅行で行った埼玉のミカン狩りを思い出させる、あざやかなオレンジ色を帯びた魔蹴球マジカルサッカーボールが用意できていた(不健康な青白さで満たされたこの空間においても、魔蹴球の発色のほうが優先されるらしい)。


 最初、彼は再度のリフティングでの強化を試みた。

 先ほどの感覚を思い出してボールを蹴り上げた。期待どおりにいけばさくさくと最高レベルまで上がるはずだった。そしてもちろん、そんなことは当然のように起こらなかった。


 ボールは、いうことを聞かないやんちゃ坊主に戻り、一八の足の上で跳ねるのをあからさまに嫌がった。あっちこっちへでたらめに飛び、ほぼ3回以内に彼から逃亡した。

 1度だけ、奇跡的に5回成功し黄色まで達した。そのときの一八はさぞ喜んだことだろう。

 否。2回目をリフトアップした時点でそうとう無理のあるベクトルむきとちからで跳ねており、3、4、5と回数を重ねるごとに怪しさは爆発。最後は思いきり強く蹴飛ばしてしまった。

 フィールドの外に向かってうれしげに飛び跳ねていく魔蹴球を、一八は血相を変えて追いかけた。フィールドの境界線ぎりぎりで止めたが、勢いあまって危うく自分が外がわへ出そうになり肝を冷やした。

 リフティングは危険すぎる。結局、ドリブルに立ち返り、ちくちくと育てることになる。


 リフティングの、ひと蹴りするたびにおもしろいように色が変わっていくさまを味わったあとでは、遅々として変化しないドリブルはバカらしく感じられた。

 が、それと同じことを言っている親戚(パチンコ店の常連客。借金170万円)や従姉妹(いかがわしいサービスを提供する店舗の従業員。借金230万円)を思い出して、おとなしくドリブルに励んだ。人間、地道な努力が一番である。

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