逃走 (xxiii)

 その日の夜、一八の両親は、一八の祖父母4人に叱責を受けうなだれていた。

 限界に達した一八が家出先として頼った父方の祖父母は、孫から聞いた話に激怒。母方の祖父母にも連絡をとり4人で乗り込んできた。

 以前から息子、娘たちの家庭の方針に疑問をていしていた親たちは、今度の件で腹にすえかねたようだ。


 説教と今後についての話しあいは真夜中まで続いた。

 両親にとってはさんざんな日だったろう。頭の上がらない親からこっぴどくどやされ、自宅では秘蔵のコレクションや昔撮りためたVHSも含め、あらゆるメディアが、息子の手によってすべて粉砕されていたのだから。ボーリングの球をシュートしようとしたあの猫のように。


 母方の祖母から「あんたたちは子供を押さえつけるふたになってしまってる」と指摘を受けて両親がはっとしていたのが、一八には印象的だった。

 彼の名前はトムとジェリーのトムからとられている。もともとは「トム」→「十六」だった(ちなみに妹は樹里じゅりである)。

 しかし、相談した姓名判断師だか占星術師だかに「六の字の『亠』が、圧迫や抑圧を表していて霊的によくない」みたいなことを言われた両親は、六の上がわを取り除いた八に変え、一八としたらしい(「十」も風水的にどうのこうのと理由をつけられ「一」になったそうだが、詳しくは知らない)。

 皮肉にも、親たちの大好きなキャラクター由来の字面「十六」と、占い師の言ったような状況はリンクした形となった。


 自分たちふたりは「六」の「亠」の2本の線になっていたのか、と父母は力なくつぶやいた。ため込んだ映像作品をすべて失って、憑きものが落ちたのかもしれない。

 二度と息子たちに趣味を強制しないことを両親は誓い、それは今でも守られている。

 彼らのトムとジェリーへの愛はなお失われず、いくつかのタイトルを買いなおした。が、子供たちには無理に勧めようとしなくなった。もし見たかったら見てくれればいい、と。もちろん一八は遠慮した。もう一生ぶんはゆうに見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る