犠牲者 (xli)

 わずかな無機質の文字の並びが、動かしがたい事実として征従の目に映った。まるで、枡田自身が教鞭をとり授けた定理や公式のように。


 携帯端末を拾い上げ戻ってきた天祀を待っていたかのように、枡田の体がほのかな光に包まれた。まさか、と察知した征従が担任の両肩をつかみゆさぶった。「先生、死ぬなっ」

 征従の手の動きにあわせて動く首はしなだれ、ものをいう気配をみじんも感じさせなかった。


 ずたぼろになった教師の体が徐々に透けてゆく。生命の終焉を思わせる青白い光。そのなかに取り込まれるように体の濃度は薄まり、やがて大小の光の球体へと弾けた。

 征従の手のなかにあった物理的感触も失われる。ぼうっとした淡い光は、なにもできない3人の生徒の前で溶けて、消えた。


「せんせ……」「嘘だ……」「なんで……」


 茫然自失の彼らは、自分たちも青みがかった光に飲まれていることに気づいた。急速に視界が塗りつぶされる。まばゆさに目を細める男子は、光の外側から飛び込んでくる叫び声に身を縮こまらせた。


 気がつくと3人は、クラスメイトの驚愕の視線に囲まれていた。自分たちが教室のまんなかにいると認識するのに少し時間を要した。


 悪い夢から覚めたのかと一瞬、期待する。しかし。

 黒板の「73秒で燃えつきさせよ」との問題文。

 いつもに増しておどおどと落ち着かない内向的な副本ふくもと実希与みきよをなだめる、しっかり者の大原おおばる珠子たまこもまた、隠そうとしない青い顔。

 そして、教室内に立ち込める、むせかえりそうな蚊取り線香の匂い。

 丹下征従は思った。

 どうやら悪夢はまだ始まったばかりらしい、と。


 *


【旭原高校 3年D組 クラス名簿】


[生徒]

阿部あべ 玲爾れいじ

天戸あまと よう

荒古戸あらこど じん

磯垣いそがき 空架くうか

市川いちかわ あまね

内巾うちきれ こより

午角うまかど りき

瓜子うりこ 歩弓あゆみ

大偶おおすみ いぶき

大原おおばる 珠子たまこ

春日かすが つもる

くすのき 麻鳥まとり

椢方くぬがた 四季しき

古賀こが 音色ねいろ

湖西こさい 天祀あまつる

小分こわけ 実整みせい

西院さいいん 真砂鉉まさつる

左木さき 円月えるな

佐々田さざだ 九十九つくも

三郎丸さぶろうまる たまき

さわ たいが

四ノ宮しのみや りつ

しりがい 文久ふみひさ

陣羽じんば 真帆まほ

助引すけびき 駆恒かけつね

須磨すま 総和ふさかず

千家せんけ 大舟だいしゅう

田井良たいら ひとし

高敷たかしき ほむら

丹下たんげ 征従まさつぐ

ともえ 一直いっちょく

難波なんば 瀬織せおり

西井にしい ぎん

漂木ひょうぎ 隼冊はやふみ

平方ひらかた 紅亜くれあ

副本ふくもと 実希与みきよ

船井ふない 夏恋かれん

水代みずしろ いと

宮丘みやおか 一八かずや

三宅みやけ まどか

八ツ橋やつはし ぜん

山崎やまざき 壱夫いちお


[クラス担任]

枡田ますだ 数素かずと  死亡

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