犠牲者 (xiii)

 モンスターにも野生動物と同等、あるいはそれ以上の、危険に対する嗅覚が備わっているのだろう。3人の生徒の変化をめざとく察知し、距離をとろうと走りだした。


「逃がすか」征従が弓を構えた。狙いを定め、めいいっぱいぎりぎりと引き絞り矢を放つ。

 ひゅぉっ、と心地いい風切り音を連れだって矢はタウに飛来し――「あーっ、くそっ! 惜しい!」すれすれでたてがみをかすめた。

 征従は悔しがったが、ずぶの素人が初めて射た矢にしてはできすぎといえた。

 実際はゲーム上の補正が多分にかかっているのだが、当人は「俺、弓の素質あるかも。将棋部やめて弓道部入ろっかな」とまるで気づいていなかった。


「おまえもう引退してんだろうが。俺に任せろ、足止めしてやる」


 第2射の矢を取ろうと背中の矢筒へ手を伸ばす征従を、天祀が右手で制した。

 そのまま前に突き出し、もう片方の手にある携帯端末に表示された文言を読みあげる。


「えーと……氷の精霊、雪のつかい。北方の妖精に冬の女王。あー、冷たきねぐらの住人たちに我は求め訴えん。かの者に凍てつく息吹を浴びせ、さむ……寒からしめよ?」


 いくぶん怪しい調子で天祀は詠唱を進め、最後は気あいを込めて声を張る。「凍れる輝きダイヤモンドダストっ!!」


 手元に糸のように細い無数の光のすじが集中しはじめ、ぼやっとした球体を形作った。おおっ、とどよめく3人の見守るなか、薄青い光が勢いよく解き放たれる。

 尾を引いて、実体なき魔力の結晶がタウに迫り、命中。

 唱えた天祀が「ヒットぉ!」と拳を固め叫んだ。


 4本の足を地面へ氷づけにされたタウがいななき、もがいた。足元で輝く、実体ある結晶に動きを封じられ、グレーの体躯がゆさゆさと揺れる。


「止まった的なんか、弓の天才の俺なら目をつぶっててもヘッドショットだぜ」


 矢を弦にあてがう征従を、またしても友人が差し止めた。「次は俺の番だろーが」

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