逃走 (xxxi)

 一八は、視界にパートナーの姿がないことに気づく。

 あてもなく駆けまわっているため、たまたますぐに目につかないだけかもしれない。しかし、瞬時に一八の思考は短絡ショートした。


 まさか、


 手段など知るよしもないが、なにか抜け道バグを見つけて、自分だけ教室へ帰ったのでは? 

 モンスターを倒すには魔蹴球ボールを強化する時間稼ぎが不可欠。自分ひとりでは無理だ。

 不意に「ルール」のひとつが脳裏へ浮かび上がる。


  『プレイヤーが死亡してもステージクリアとなる』


 そうだ、グラウンドここから出られさえすれば、俺の生き死になんてあいつになんの関わりもない。それを言いだしたら、プレイヤーに選ばれなかった教室の奴ら全員に同じことが言える。

 俺がこの怪物に、ぺらっぺらに踏みつぶされようが、突き飛ばされて壁に人型の穴をあけようが、ローストチキンにされて食われようが、痛くもかゆくもない。

 完全にひとごととして、ピザやポップコーンでも食ってそうな調子で観戦してるんだ。

 俺だけが、俺ひとりだけが、生き残れるか死んじまうかの崖っぷちに立たされて。


 この間、わずか数秒だった。背中のほんの数メートル後ろに死を突きつけられる状況が続いて、ぴんと張りつめた一本の糸のようになっていた一八の精神状態は、降って湧いた裏切りの可能性を、恐ろしい速さで解釈した。


 彼の脳は、よそごとに大量のリソースを振りわけた結果、外界への注意がおろそかになったのだろう。

 なにもないところでつまずくという、運動神経に大きな自信のある一八ならまずやらないことを、歩行の制御中枢は許してしまった。


 平たいグラウンドの地面につま先が引っかかる。

 体がつんのめる。

 まずい、と思ったときには、一八は前方へ小さくダイブしていた。


 倒れ伏した上体を、頭で考えるより先にすばやくひねり背後を見上げる。

 その重量を示すのにふさわしい鉛色の影が、一八の視界を覆いつくしていた。カートゥーンの、ぺちゃんこになるさまが浮かぶ。


 死ぬ、と体が脳に覚悟を求めた。

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