7 森の魔法使い
ザルーラ達が、ティノ達を探し始めている事を、ティノもハーミィもまだ解らなかった。ティノは、白馬パルモラにまたがり、セレーナとモナもパルモラの友達と一緒にアルプスの山を必死に進んで行った。
もうすぐ夏が終わろうとする時期、クレモナを流れるポー河のほとりは、ひまわりが満開に咲き、美しさに満ちていた。
だが、ティノ達の進む山と渓谷は、初冬の様に寒く、吹きすさぶ冷たい風にさいな苛まれた。
険しく危険な崖、ゴーゴーと音を立てて流れる渓谷の川、一歩踏み間違えれば、その川の濁流に押し流され数十メートルあっという間に落ちて、川に飲み込まれる。
だが、パルモラは、アルプスの山をよく知っている。ティノは、パルモラにまたがっていると、不安が和らいだ。パルモラは、ティノの気持ちをよく理解し、出来るだけ安全な道を見つけて森の中を通過していった。
とは言え森は決して安全な場所ではない、自然の厳しさに加え、ティノ達の行く手には、血肉を求めるオオカミやヒグマがうろつき、空にはハゲタカが飛び回っている。
そして何よりも、ザルーラの追っ手ゴブリンが、探し回っている。
ウォー・・・ウォー オオカミの遠吠えがとどろく。オオカミが、ティノ達の様子を伺うように、遠くから、後を追い回していた。
さすがに威勢の良いモナが苛つき始めた。
「ねぇハーミィ・・・ハーミィってば、この先何処に行くって言うの、例の魔法の樹の森は、あとどのくらい?あのオオカミの声もなんか近づいてない?」
「モナ、魔法の樹の森は、まだまだ先よ」
「えぇ~・・・まだ先って。どんだけ行けば着くのよ、もうお腹だってすいているし」
モナが怒り出すのも最もな事。
もう昼はとうに過ぎているのに、昼食を食べていない。
しかも、何処に行くのかもはっきり教えてもらえない。
「ハーミィは、妖精だからさ、お腹もすかないかもしれないけど、私は、駄目よ」モナは空腹で、かなり苛立っていた。
「よし、解ったモナ、この辺りでお昼にしよう」ティノがパルモラを止めた。
「ねぇ、パルモラ、なにか食べ物探さないと」ティノが言った。
「この山では、鳥を落とすか、渓谷の魚を釣るか、野ウサギを見つけるしか」
パルモラが言った。
「そうか、まあ鳥やウサギは簡単に捕まえられないし、それじゃ渓谷で魚を釣ろう」
「どうやって?釣り道具もないし・・・」セレーナが聞いた。
ティノは、辺りから丈夫な枝を探した、その枝に、樹にまとわりつくツルを探し出し、枝の先に付けた。ツル先には、トゲのある茎を巻き付け、そこに、イモ虫を捕まえてググッとくくりつけると、渓谷を流れる川にポトンと落とした。
何度も何度も、ツルを投げては引き寄せ、また投げては引き寄せていると
ザザザ~・・・ツル先の虫を一呑みにした、大きな魚が掛かった。
「うぁ~・・・お兄ちゃん掛かった掛かった」モナが興奮して叫んだ。
ティノが一挙にツルを引き寄せると、大きな魚がティノの足下にポトンと落ち、バタバタと暴れている。
「やったわねティノ」ハーミィが大声で言った。
「素晴らしいわティノ、大きな魚、すごいわ」セレーナも興奮して言った。
ティノは、同じ方法で、何匹もの魚を釣った。
これで、昼食どころか、夕食分まで回せるほど、収穫出来、みんな大喜びとなった。
「流石だわティノ」セレーナがティノをほ褒めまくった。
「あと出来ればデザートになる様な、なにか果実が欲しいわね」セレーナが言った。
「セレーナさん、森のキノコを探してくるね」モナが言った。
すると「じゃ、一緒に」とセレーナとモナは森の中に行った。
「二人とも気をつけて遠くに行くなよ」ティノが叫んだ。
セレーナとモナは、森の中のキノコを探して、モナが草木をかき分けて進むと、ゴソゴソと近くで音が鳴った。
「セレーナさん、なに音出してんの・・・」
「音?私じゃないわ」
「えっ」モナの顔がこわばった。その瞬間
「グァー・・・」大きな熊が、モナの前に立ちはだかった。
「キャー・・・・」モナが大きな声を張り上げた。
熊は、モナめがけて駆けだした。
「あぶないモナ!!!!」セレーナが叫んだ。
すると、その瞬間、熊に強烈な光と風が吹き付けた。
熊は、光と風に煽られ、モナの前でごろごろごろごろ転がり出し、地面を背にして、急に苦しみだし、グァーと悲鳴を上げた途端、森の中へ逃げ出していった。
セレーナが、モナに近づき抱きかかえ、無事だった事を喜んだ。モナは、少しばかりの擦り傷だけですんだが、もし、あの光と風が吹かなければ、モナは瀕死の重傷をおっていただろう。まさに危機一髪で助かった。それにしても、こんな深い森の中で、突然の光と風が吹くなど、奇跡としか言えない。セレーナもモナも驚くばかりだった。
「お嬢さん、大丈夫かね」
モナとセレーナからほんの少し離れた木陰に、人が佇んで話しかけてきた。
穏やかな顔つきで、深緑色のマントをはおり、白髪が長く伸びている老人だった。
「もしかして、今の光と風は、お爺さんが?」モナが聞いた。
「そう、わしがヒグマを追い払ったのじゃよ、危なかったの」
「ありがとう、本当に・・・でも、あの、なんでこんな森の中に?」
「それは、わしの方が聞きたい台詞じゃてお嬢さん、こんな森の中に若い娘がいる、それも二人とは、どんなに危険な事か、解っておるのかね」
「いえ、二人だけじゃないの、ちょっとキノコを探して森の中に入ってしまって・・・」とモナが言った。
「もしや、お嬢さん達、魔法の樹の森を目指す仲間かね」
不思議な老人が、そう問いかけて、また驚いた。
「もしや、あなたは森の魔法使いさん!」セレーナが尋ねた。
セレーナの問いに、老人は、大きくうなずいた。
ベリータ女王が話していた、魔法の樹の森に向かう際に、会わねばならない魔法使いが、この老人だった。
ベリータ女王の苦悩を知り、魔法の樹の森までの道をザルーラやゴブリンの魔力から守り続けている、善の魔法使いだ。
「森の魔法使いさん、私は、モナ、こちらのお姉さんはセレーナさん、それで、魔法使いさんの名前はなんて言うの?」モナが尋ねた。
「わしか、わしはエルダルスじゃよ」
モナとセレーナは、少しだけ採取したキノコを袋に詰めて、ティノが居る場所へとエルダルスを案内した。
「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん」モナが大声で叫びながら、ティノを呼んだ。
モナの声にすぐさま反応して、ティノとパルモラは大急ぎで駆けつけてきた。
「どうしたモナ!」ティノが心配そうに叫んだ。
モナは、一目散で、ティノの下に駆け寄ると、矢継ぎ早に、森の魔法使いが、ヒグマを追い払ってくれた事やら、魔法の光と風の威力が凄かったことなど、夢中で、ティノに伝えた。
エルダルスをティノに紹介する事無く、夢中で話すモナ。
みんながそんなモナの姿を見ながら、クスクス笑い出した。
「解った解った・・・モナ、とにかく助かって良かったな、ほら後ろで魔法使いさんが、笑っているよ・・・」エルダルスは、ティノとモナの微笑ましい会話を聞きながら、ほほ笑んでいる。
「ごめんごめん、その森の魔法使いの、エルダルスさんです・・・」モナは照れ笑いを浮かべながら、みんなに紹介した。
すると、飛んできたハーミィが叫んだ。
「エルダルス・・・わお~・・・エルダルス!」
「おお・・・ハーミィではないか、久しぶりじゃのぉ・・・元気でおったか」
ハーミィとエルダルスは、数百年前からの知り合いだった。ハーミィは、アルプスの森に来ては魔法の樹の森や、魔法のヴァイオリンについて話し合っていた。
だが、あの不思議な弦楽器に閉じ込められてからは、このエルダルスに会いたくても出来なかったのだ。
「元気どころじゃなくてよエルダルス、私、ザルーラにとんでもない魔法を掛けられて、ず~と、楽器に閉じ込められていたの、でもね、ティノが助けてくれて・・・」
「おう、その話は、ベリータ女王から聞いておる、大変じゃったの」
「さてと、ハーミィ、アルベルティ君と話がしたいんじゃが」
「ええ、もちろんよ・・・ティノ、ようやく会えたわ、森の魔法使いのエルダルスさんよ」
「初めまして、エルダルスさん、ティノです、ティノ・アルベルティ、そして、パルモラです、ベリータ女王様から、あなたの事は、お聞きしておりました、こんなところでお目にかかれるとは、本当に良かった」
「こちらこそじゃよアルベルティ君、そしてパルモラ君、これから、とにかく大事な大事な仕事がまっておる、この世の中を良くするも悪くするも、あんた達にかかっておるのじゃからのう」
エルダルスは、パルモラに近づき、首をさすった。
「それにしてもパルモラ君は、聞きしに勝る素晴らしい白馬じゃて・・・隣の馬も立派じゃ」
「ええ、最高の馬達です、それにとても優しい」とティノも馬達を褒め称えた。
「エルダルス様、お褒めの言葉ありがとうございます」パルモラが礼を言った。
エルダルスの話は、とても大げさに聞こえたが、しかし、エルダルスの顔は、真剣そのものだった。
「エルダルスさん、僕をティノと呼んでもらって良いです」
「そうかね、では、わしもエルダルスと呼んでもらって結構じゃよ、さんづけは他人行儀じゃからのう・・・ははっは」エルダルスがほほえんだ。
二人は、初めて出会ったのに、昔からの仲間の様に、親しみを覚えた。
ティノは、釣り上げた魚を土産に、エルダルスの家に向かうことになった。
みんなが、森の中を進んで行くと、大きな樹が見えてきた、張り出した根が複雑に絡み合い、生き物のようにうねうねと曲がりくねっている。その大木の西隣にツタに覆われた館があった。エルダルスの住まいだ。
モナもセレーナも、もう何日も、家なる建物に入っていなかった、来る日も来る日も野宿生活、それだけに、例え古びた館でも、部屋に入れるのがとても嬉しかった。
温かい暖炉の灯火が、クレモナの家を思い出させた。
モナはその光景を見つめてホームシックにかかりそうだった。
それから、暖かみのある囲炉裏で、ティノの釣り上げた魚を焼き、モナとセレーナが採取したキノコでスープを煮込んだ。
「ああ・・・母さんのピッツザが食べたいなぁ・・・」ティノが呟いた。
「私は、トローネが食べたい」とモナが呟いた。
二人が何気なく呟いた言葉を、エルダルスが聞きとると
「ピッツザ、それはお手の物だよ、ティノ、わしが焼いてやろう」と言いだした。
「えっエルダルスさんが焼いてくれるの、それは凄い、僕の母さんは、ピッツザ焼くのが得意でね、クレモナでは一番だよ・・・」ティノは、自慢げに言った。
「そうかね、お母さんのとはいかないだろうが、とにかく焼いてみようかの」エルダルスが言った。
「エルダルスさん、食材が揃えばだけど、モナちゃんのいうトローネ作れれば、私が」とセレーナが言った。
「トローネ?それは何かな?」エルダルスが尋ねた。
「クレモナのお菓子よ、甘くてほっぺが落ちそうな美味しいお菓子」とモナが言った。
「甘いお菓子か、そこにある物で作れるなら良いのじゃが・・・」エルダルスが、食材棚を指さして言った。
それから、エルダルスは、ピッツザの生地をこね、ま~るく整形し、森のキノコや山菜をのせ、最後に干していたキジの肉をスライスして並べ、釜の中に入れた。
セレーナは、食材棚を探して、山鶏の卵、砂糖、蜂蜜、そして、木の実と、干しぶどうを見つけた。
「これがあれば、トローネ風のお菓子が出来そうね、モナちゃん」
「ほんとだ、何とか出来そう、セレーナさん、是非、作って、私も手伝うわ!」モナが大喜びしている。
それから、しばらくして、肉とキノコの香りが一杯のピッツザと、蜂蜜の香りが漂うトローネ風のお菓子が食卓の上にならんだ。
ティノの母が焼いたピッツザと比べれば、見た目は今ひとつのピッツザだ。
だが、エルダルスの気持ちがこもったピッツザに、みんなは感謝した。
「わ~・・・すご~い、名付けて魔法ピッツザ」ティノは、久方ぶりに食べるピッツザに感激、興奮が収まらなかった。
「セレーナ、素晴らしい、こんな美味しいお菓子作れるんだね」ティノが感激して言った。
「トレーネは、クリスマスになると、母と一緒に作ったので、なんとか出来たわ」セレーナが言った。
モナも久しぶりに味わうピッツザと甘いお菓子に大感激、でも、母の事を思い出して、ちょっぴり涙目になった。
みんなは、思わずご馳走に囲まれて、楽しい食事の時間を過ごすことが出来た。
食事が済むと、エルダルスは、奥の部屋に入り、しばらくすると、紅色に染まった美しいヴァイオリンを握りしめて出てきた。
「セレーナさん、このヴァイオリン弾いてみるか」
エルダルスがセレーナにヴァイオリンを差し出した。
「ええ、これは、ストラド!」セレーナが驚きの声を上げた。
セレーナが驚くはず、エルダルスが握りしめていたヴァイオリンは、ストラディヴァリウスだった。エルダルスは、ミラノの教会に有ったストラドを、魔法のヴァイオリン造りの為に手に入れ、大事にしまっておいた。
まさにこの時のためだ。
「エルダルスさん、ストラドを弾く弓だけど、ベリータ女王様から授かった弓を使っても大丈夫?」セレーナが尋ねた。
「ベリータ女王様から、それは素晴らしいものをもらった、是非、その弓で弾いてもらいたいの」
セレーナは、ストラドを受け取り、ベリータ女王から授かった弓を手にすると、バッハやビバルディの曲を数曲弾いた。
セレーナの演奏は、まるでキラリと輝く天空の星々が、流れ星となって夜空を踊っているような美しさに包まれていた。
セレーナの演奏が、みんなの心を癒やし、旅の疲れを何処かに追いやってくれた。
「流石じゃのうセレーナさん、ベリータ女王が話していただけの事はあるの、天より選ばれしヴァイオリニスト、早く魔法のヴァイオリンを弾けるといいのじゃが・・・」
演奏が終わると、エルダルスは、ストラドをプレゼントするとセレーナに言った。
セレーナが大事に持っていたヴァイオリンまで持ち歩くのは難しかろうと話、このストラドと交換して、今後ストラドと共に旅を続けるようにと。
セレーナは、思いもよらぬプレゼントにいたく感激し涙を流した。
「よいかなセレーナさん、このストラドと、将来出来る魔法のヴァイオリンは、あなたが弾くのじゃよ、困難があっても必ず・・・」
セレーナは、エルダルスの言葉を心の奥にしっかりと締まった。
「それからティノ、魔法のヴァイオリンは、このストラドが見本じゃ、詳しくは後から話すが、魔法と言えど、ヴァイオリンの構造や形は同じじゃ、旅の間、よくこのヴァイオリンをセレーナさんから、見せてもらうことじゃよ」エルダルスが言った。
ティノも、エルダルスの言葉を心の奥にしまった。
「それにしても、ストラドの音って、素晴らしいわ」セレーナが言った。
「そもそも、音は、何で有るかじゃが・・・」
エルダルスが、音について口火を切って話始めようとすると
「それ、私の出番じゃないエルダルス」ハーミィが口を挟んだ。
「そうそう、これは音の妖精の出番じゃて、ハーミィが話しておくれ」エルダルスが微笑んだ。
ハーミィがエルダルスに変わって思いを込めてみんなに語り始めた。
「私達に見える世界は、言葉(ロゴス)から生まれたの、言葉ってつまりは音、その音には愛があって、愛があるところにハーモニーが生まれるわ、つまりね、みんなが愛し合い調和し合うために、音が創られているのよ。だから私の仲間達、音の妖精は、ベリータ女王様から、美しい音を創り出すように言われてきたのよ、どんなに一生懸命考えてきたことか」
「愛の世界を創るために、音があるってことか」ティノが言った。
「そうじゃよ、音は調和のために、調和の世界には愛がるという事じゃて」エルダルスが、付け加えて言った。
「じゃヴァイオリンの音は、みんなが愛し合うために、出来たって事でもあるよね」モナが言った。
「愛のために、ヴァイオリンを奏でるって、私よく解るわ・・・」セレーナが言った。
「でも、人間達が、その調和を破壊している、破滅の音を創り出し、自ら滅びの道を進んでいるの、しかもザルーラが背後で操って、本当に悔しいわ」ハーミィが憤りながら言った。
「だから魔法のヴァイオリンを早く造らねばならぬのだ」エルダルスが言った。
ティノ、セレーナ、モナは、魔法のヴァイオリンを造る事の意味をもう一度わかり合った。
そして早く、魔法の樹の森に辿り着き、魔法のヴァイオリンを造らなくてはならないと
みんなは思いを一つにした。
ティノ、セレーナ、モナ、ハーミィ、そしてパルモラ達の旅も、エルダルスとの出会いで、つかの間の幸せを感じるひと時となった。
そして、あっという間に時間は経ち、夜となり、ティノとエルダルス以外は、床について眠った。
エルダルスは、ティノと二人だけで、暖炉を囲み話を始めた。
「さてと、今夜は、大事な話をしなくてはなるまいて」とエルダルスがティノに言った。
「ええ、僕もエルダルスさんと、これからの事を話ししたかったので」
「ティノ、今人間の世界は、世界を巻き込んだ戦争に突入しようとしておる事は、知っておるじゃろう」
「ええ、僕の故郷も、戦争に巻き込まれ・・・」
「その戦争じゃが、人間は今まで沢山の戦いを繰り返してきたが、今度ばかりは、事情が違う、一歩間違えば、人間世界が破滅するやもしれん、人間の世界が消えてなくなるやもしれんのだ」
「そんな深刻な戦争が始まるの?」ティノは驚きのあまり、声を荒げた。
「その戦争の背後にザルーラがいる、だからこそ、早く魔法のヴァイオリンを造らねばならぬのだ」
エルダルスの話は、ザルーラが、魔法の樹の森に行かせまいと、ティノ達の命を狙ってくるかもしれない事や、ザルーラとの戦いは、凄まじい戦いになるかもしれないだろう、ことなどティノの想像を遙かにこえて深刻だった。
「つまり、この旅に、僕達の命と世界の運命が掛かっているってこと?」
ティノは、エルダルスの話を聞きながら、一抹の不安がよぎった。
ベリータ女王と約束はしたものの、命がけだと言われれば、そこまで、気持ちを固めての旅ではなかったし、ティノ自身は、自ら決めた事だから、後に引けない思いでも、モナやセレーナの命までと言われれば、旅を続ける決意が鈍る。万が一、自分も含め、誰かの命が失われたら・・・クレモナの両親にも、どう伝えればよいか、しかし、今更引き返す訳にはいかないし、さりとて、どうやって安全を確保しながら、魔法のヴァイオリンを造るか、大いに悩んだ。
「ティノ、いろいろ言ってすまんな、この先、とにかく心して旅を続けることだ、むろん、私もこれから一緒に行く、とにかく早く魔法のヴァイオリンを造らねば、人間の世界が滅びてしまう」
「エルダルス、魔法の樹の森は、この先どの位かかるの?」
「少なくとも半月はかかるじゃろうて・・・」
「半月も・・・」
「それに・・・」エルダルスが何か言いかけて止めた。
「それに何?」ティノが尋ねた。
「いや、何でもない、とにかく、早く魔法の樹の森に行かねばのう」
エルダルスは、言いたいことがまだまだ有りながら話を止めてしまった。
ティノが生きる人間世界は、互いの国を憎み、国と国が敵対し、世界を巻き込む戦争が刻一刻と迫っていた。この戦争が、人間を操るザルーラ達の魔力が影響しているとすれば、一日も早く、ザルーラの魔力を消し去らなければならない事では、二人の気持ちは一つだった。
「さてと、夜も遅い、今日は寝ることにしよう、明日からまた、厳しい旅がまってるでの」
エルダルスは、そう言うと、寝床に向かった。ティノも暖炉の側で、眠ることにした。
さて、その翌朝の事だった。ティノは、また、夢を見ていた。
ティノは、遺跡の中を歩いていた。遺跡の中は、ほぼ崩れ落ちた石造建物ばかりだ。
ティノがその中を歩いていると、教会らしき建物が見えてきた。その遺跡の前に佇んでいると大いなる暗闇が押し寄せ、雷鳴が轟き嵐の様な風が舞、遺跡は暗闇に覆い被さった。暗闇の中から、恐ろしく不気味な黒い影が見えた、その瞬間、ティノは、その暗闇に飲み込まれそうになった、身体全体が締め付けられ、息をするのもままならず、ティノは、もがき苦しんだ。だが、しばらくして、その苦しみが和らぎ、夢から目覚めた。
「夢か・・・」ティノは、同じような夢を見る事が不思議だったが、誰にもこの話をしなかった。
その日、ティノとエルダルス達は、長旅に備えて旅支度をし直し、エルダルスが焼いてくれたピッツアと、保存のきく食料を袋に詰め,エルダルスの家を出た。
いよいよ、魔法の樹の森に向かうために。
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