第四章 シナリオライター 《レヴァルシアの白兎Ⅱ》

人間らしい非人間

《レヴァルシアの白兎 あらすじ》

 レヴァルシアから飛び出し、世界外に散らばるソーシャルゲームに迫害されたキャラクター達を救うことを決めたリターニャとディオネは、リライターの土岐瀬舞於と共に旅立った。

 

 しかし、『さらば魔法少女の光』におけるリライトで舞於は思わぬ展開に巻き込まれ……勤めていた会社の同僚であった音羽瑞嘉が彼の敵……レギュレーターとしてリライトを阻む。瑞嘉はゲームの負けイベントに通ずる強制力を利用し、舞於を倒した。

 

 あえなくリライト失敗になった舞於は、現実世界でしばらく立ち直れなかった。瑞嘉からシナリオ論を咎められ、これまでにない大きな責苦を抱え、どうすればいいか解らなくなり、一日中寝込んでいた。

 

 そんな彼を助けるのは、過去に助けられた私達……いや、リターニャとディオネだった。二人は再び彼を自らの世界へ誘い、彼の思いを聞き出すことにした。

 

 ◆  ◆  ◆

 

 用事もなく地下鉄に揺られ、今まで一度も降りたことのない駅で降りて、行く先を決めず歩いていた。

 明日からまた仕事に戻れる気力はなく、ゾンビのように彷徨う僕は夕陽に目が眩み、このまま溶けて消えていきそうだった。

「……おーい? 応答してよ」

 だが、現実はそんなはずはなく、夜になり、寝て、また朝はやってくる。

僕が対面した世界にどんなことが起こっても、明日は訪れる。

時間は待ってくれない。

「今は一人にしてくれって思っているかもしれないけど、周りの声を少しでも聞いてみれば変わるかもしれないわ」

「……?」

 追い込まれていた僕はスマートフォンから流れる音声を、僕ではない誰かに語りかけている話し声だと思い込んでいたようで、だいぶ反応が遅れた。

「気分転換がてら、私達の世界へ遊びに来てみたらいかが?」

 転換する気分じゃないと、そっけない返事をしようとする前にスマートフォンが強く揺れ、僕の五感を肉体ごと吸い込んだ。ゴチャゴチャ言わずこっちへ来なさいと、リターニャから無言で示されているようだった。

 

 ■  ■  ■

 

 レヴァルシアの世界も同じ時刻を進んでおり、波打ち際で立っていた僕はキラキラと反射する赤い海を飽きるまで眺めていた。

 すぐに矛盾させることを言って申し訳ないが、小波を永遠に見ていても飽きなかった。僕を引き寄せたこの場所は非現実であることを知っていてなお、現実と等号で結ばれる実感が湧いてくるのだ。

 しゃがんで足元にある砂をすくい、砂時計のように指と指の間から少しずつ砂を零していく。大地から受け取った砂の熱も、サラサラと流れ落ちる砂の音も、夢やVRとは比較対象にならないリアルな時間の中で確かに存在していた。

 ゲームの世界へ侵入する僕の異能は、本物だ。今や、その力は食パンとマーガリンの密接な関係と軌を一にして、当たり前のように僕と付随している。

 

 ――でも、このシナリオリライトは果たして、有意義に活用されているのか?

 

 あの時、創始者として僕を負けイベントへ誘った瑞嘉に突きつけられた現実こそ、僕は現実だと認めたくないと思っている。

 シナリオライターの仕事を『商業用』として考えたら、終わりだと思っている。

 クライアントの要求だけを応えるのが、僕の使命だと思っていないと思っている。

 本当に大事なのは、物語に存在するキャラクターを『生かす』ことだと思っている。

 『活かす』と表現しなかったのは、キャラクターは道具でないからだと思っている。

 

 されど、僕がそう思っていることは傲慢や愚言、妄信といった悲しい二文字と殆ど同義であることにも否定できなく、やはり瑞嘉の方が合っていて僕が間違っているではないかと疑心暗鬼になっていることも事実であり、いやそれでも……と僕の中にある小さな矜持がそれを許さずシナリオリライトの正当性を訴えるかもしれなく、だけど冷静になってみると……僕のシナリオ論は余計なことであり時流に即したプロットで妥協するべきだと断言する自分もいて……。


「とどのつまり、僕はどうしたらいいか全く解らない人生の迷子なのです」


 ついに、情けない本音が漏れ出てしまった。

 教会に赴き神様に向かって懺悔するような声を聞いたのは本人だけでなく、視界の左端よりバシャバシャと水音を立ててやってきた二人もそうだった。

「相当参ったような顔をしているわね」と、リターニャは憐憫を掛け、

「まずは、マオ様の生存確認を嬉しく思います」と、ディオネは前向きでいた。

 瑞嘉にやられ、意識を失った後の僕は普通に現実世界へ戻れていた。ケガや後遺症もなく、こうして対面した二人も当時はボロボロだったが、今は外傷一つ見当たらない。

「ここは?」

「黄昏の海岸よ。一日中夕陽に照らされている、パワースポット的な場所として設定されているわ。マオのシナリオリライト後に追加された舞台で、私達三人は旅の途中……息抜きで遊ぶみたいなイベントがあるの」

「陽気なイベントの割に、ここへ来る途中にリターニャの声で聞こえた『あらすじ』は暗いものだった気がするけど」

「まあね。その『あらすじ』はまた別……あなたの現実を加味したストーリーだから」

 彼女独自の演出が入っていたことを知り、どう答えたらいいものか解らず波の音に耳をすましていた。

「あの、マオ様……ミズカさんとはそっちの世界であれから会えましたか?」

 見過ごせない僕等の問題について、ディオネから誘導してくれた。

「電話しても繋がらない……それと、さらば魔法少女の光のシナリオ制作に携わったチームのディレクターにも念のため訊いたけど、瑞嘉があのシナリオ……水上日葵が殺されるイベントを担当したのは間違いないらしい」

「そうですか。やっぱり、ミズカさんはどうしても自分が書いたシナリオを否定されたくないようですね……」

「あんなに強情な奴だとは思わなかったさ」

「お二人、知り合ってから長いのですか? ミズカさん、大学の頃は……みたいなこと言っていましたけど」

 ディオネの質問に対し、少々間があった。「ああ。大学で知り合ったな」

「ねえ、マオ。あなたにとって、目を逸らしたい事実なのかもしれないけど……友達であるミズカと戦わなきゃいけないの。日葵が苦しんでいる姿を見たでしょ。私達が救わなきゃ、誰が救うっていうの」

 リターニャの言葉は叱責に近しい強い口調を伴っており、僕に人間くさい感情を投げかけていることが不思議に感じられた。彼女は僕が生み出した空想のキャラクター……言わば、AIと類似する《非人間》であるはずなのに……。

「くじけていてもしょうがないのよ。辛いことなのは確か。でも、あなたは負けたままでいいの? ミズカにあれだけ否定されて、悔しいと思わないの?」

「思うさ! 僕が積み上げてきたものが全て壊されるなんて、有り得ないことだ!」

 情緒不安定でいる僕を見て、リターニャは逆に笑った。大声を出せるほどの元気、まだあるじゃないのと軽く褒めてくれているような表情だった。

「落ち着いて。いろいろ複雑なことが同時に起きて、あなたは気持ちの整理ができずにいるの。でも、自分がシナリオライターとして何を目指し、何を求めているのかをずっと忘れていない……真っすぐな思いが残っているだけ、まだ希望があると私は信じているわ」 

 道に迷う子供の目線に合わせてかがみ、地図を見せながらルートを優しく教えてくれるお姉さんがそこにいるようだった。

「私達が前に進むためには、あなたとミズカの関係性について整理をするべきだわ。あなたはミズカに恨まれる筋合いを探しあぐねていたようだけど、それは自分の主観で成立している世界であって、彼女が見た世界のあなたはとんだ悪人だったのかもしれない……そんな仮説が立つと思わないかしら?」

「私も……どうしてミズカさんがマオ様をあんなにも憎んでいるのか、知りたく思います。一緒に考えてみませんか。裏切られた仲間と今後、どう接したらいいのか……マオ様が悩んでいることを共有させてください」

「リターニャ、ディオネ……」

 二人は僕よりずっと器量がよい《人間》であり、思考の視界が相当狭まっている自分こそスペックの低いAIだと感じられた。

 

 ――誰かに嫌われる……いや、嫌われていることから逃げていた僕は、瑞嘉との軋轢が発生した理由を解らないでいる《フリ》をしているのかもしれない。

 

 自分の我儘でシナリオライターになっているのではない。価値のある物語を追究している向上心に嘘をつけない。

 だから僕は、迷っていられない。

 大学の時に知り合った友人に裏切られるショックを引きずる時間はもう残されていなく、今は未来のために過去を振り返る時間の中で生きることを優先した……。

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