第三章 それ、混沌につき

1.飛び立つ

 出発するにあたり、どうやって移動するかという話になった。

「みんながみんなシェイプシフトが得意というわけではないもんね。ちょっと考えなきゃ」

 二人ずつなら問題はないけれどとヤマメはぼやきながらコロを見た。


 先代は異形タイプのエバーワールダーで、普段とは別の姿があった。体重はそちら基準なので大体10トンほどになる。それをかつてのマルーリ(200キロ)が担いでいた。

 先代は体重が分かっていたから先代にかかる重力をヤマメのギフトで変更することで移動することができた。だが、コロは体重がわからない。おおよそですらわからないのでどれくらいまでかかる重力を変更すればいいのかわからないのだ。


「コロって普段移動するときってどうしてるの?」

「どう、ですか。私はカルーナさんのキョウマっていう怪鳥をよこしてもらって移動してますよ。本人は重くもなんともないらしいです」

「そうなの?マルーリとかに一度でもおぶってもらったこととかってある?」

「いや、記憶にはないですね。」

 口をへの字にして、ベイズを自身の服のフードから引っ張り出した。

「ベイズ君。空を飛べる乗り物になってくれ」

「それってなんですか。この間のパラグライダーですか。」

 落書き頭に浮かんだやる気のない目だけがヤマメに訴えかける。

「ボクに丸っこい生き物だらけで浮かべっていうのかい?勘弁してくれ。ついでに王様だっているんだからな。君が第4アースにいる時に、帰ってきてから役に立たないような雑誌を読んでいるのを知っているんだからね」

 それを聞いて、ベイズは赤い瞳を端に動かして、ヤマメから視線をそらした。

「実物触ってもいないからできるかどうかわかりませんよ。」

「ガワだけでもいい」

 そうやり取りした後、ヤマメは屋敷外にベイズを投げた。


 振りかぶる様をモモワとサトムが口を開けて驚いた。モモワはまだ子供みたいな子を投げるなんて、サトムはまるで昔見たフヨウとのやり取りのようだと思った。

 すぐ隣にいたコロは口を真一文字にして固まっている。

「そんな風にしなくてもいいだろう」

「あの子、ボクとガロウ君の中を取り乱そうとしたんだよ。ちょっとくらい懲らしめてもいいじゃない」

 フンっと顔を上に向けて広間の外に向かった。




 その頃、アライザ図書館にて。

 いつもの業務から帰ってきたスイセイが比較的軽い扉から戻ってきていた。

 空中に浮いた、プラズマのような存在、現在のツキヨが図書館内に広く設けられた吹き抜け中を絶え間なく上下している。

「その体は戻りそうか?」

「僕の体がなにでできているか覚えてる?大理石、鉄、氷、少量のハーモニウム、残りはぜーんぶ暗黒物質!!ダークマターをどうやって再び体の中に押し込めたらいいんだい?わかんないよ!もうおとなしく、ハーモニウムに変えようかな。ねえねえ、多分ハーモニウムが僕の部屋に残ってるはずだからとってきてくんない?」

「長話しておいて、結論はそこか」

 プラズマは、広がったり、縮まったりを繰り返して嫌がるスイセイに抗議した。

「バーカいうな!お前みたいな、本を隠すなら図書館に見たいな奴に探し物を嫌がられたくないんだよ!」

「なにも、そこまで言ってないだろ。取ってくるから。」

「手が生えたら規律正しいアルファベット順を50音順にしてやるんだからな!!」

「地味な嫌がらせだな」

 そういって、吹き抜け中央に立ってから、こう、唱えた。

「ルート」

 そういうと、ちょうど、スイセイが立っている手前の方の床が上の方に伸びた。一番上部は箱のような切れ目が入っている。手をかけ、開くと中には一冊の本がある。

 取り出さずに箱の中で表紙をつまんで開く。

 本の内容は辞書で、スイセイはHの欄までペラペラとめくっていく。

「大丈夫だって、しっかりアルファベット順なんだから。こうされる前に自分で整理しておいたんだよ」

「いや、ついでにまた変なんなの入れていないか見ているんだ。」

「僕、そういう時はパスワード変えてるからね。」

 プラズマがこれまでで一番小さくなる。

「あった。」

 Harmoniumの文字をさっと、指でなぞると、スイセイの空いている左手に缶の入れ物が現れた。

「このギフト、もっと有効活用できるだろ?なんでしないんだ」

 そういいながら本を閉じ、箱をしめて、「シスタームーン」と唱えた。

 そういうと、箱は元の床に戻った。

「循環しないじゃないか。だから使うことを避けてる」

「惑星みたいなことを言うな」

スイセイが間の蓋を開く。サリサリーっと嫌な音がするので、プラズマは少し上に上がる。

 缶がスルリと開くと中にあるハーモニウムの粉末はふわりと舞い上がってプラズマに吸い込まれた。缶の中身は大さじ5杯ほどのハーモニウムだが、人一人の体を整形するくらいならば、これで十分足りる。

 黒い浮遊する物質を透明なハーモニウムの膜に納めながら、指の部分と顔になる大理石を形作っていく。

 暑苦しい、暗黒物質である部分だけを隠すためだけの服は身に付けていないが、もとの状態に近いツキヨは出来上がった。体に含まれるハーモニウムが増えたので、青紫の髪の下にもう片目は隠れることなく、至極一般的な、ライ族の赤い瞳に両目とも変わっている。

「どうかな。かわりない?」

「少し明るい雰囲気になったから、生まれ代わりぐらいには思われるんじゃないのか?

 それと、そういう髪型にするんだったら、服装変えた方がいいと俺は思うね。」

腰に手を当てて首を捻るって見せる。

「どんな?カジュアルっていうよりラフ?」

「あのごてごてをカジュアルと言うか。アポカリプスの方がお似合いだぞ。」

「言うよねー。だったら前のベイズでも参考にしますかなー」

ツキヨは中に浮いたまま片足の爪先を軸に一回転する。フワッと布が首と腰に開いて、足や腕を包む。あっという間に空色の単純なシャツと夜色のハーフパンツを身に付けた。

「やっぱり目立っちゃうだろうから、ハーモニウムを大理石によせてっと、」

透明なハーモニウムはたちまち、透き通るような乳白色になった。

ツキヨは得意げにスイセイの隣に降り立つ。

「よし、僕らも行こうか。できるだけ悟られないようにね。」

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