6.―――

 カーテンを元通りにし、次なる訪問者に【あつめれ】は備え、三つ目の目に新しく絆創膏を張りなおした。

 無造作に積まれた品物に重ね重ねかかったほこりが舞い上がると、外の強風と一緒に木彫りのドアが店内に押し込まれた。近くにいた【あつめれ】は絆創膏だけが離れないように踏ん張った。

 強風にその緑髪を揺らさせない人物、ヤマメは店内に入ってくるなり、ドアの外れた出入口に新しくドアを作り、風を防いだ。

 まず【あつめれ】の方を見てから、ベイズに話しかけた。

「こいつもホムンクルスか」

「そうみたいです。結構エバーワールダーに近いようですが」

 胸元にいるオレンジのボールが言語を発していることに【あつめれ】は驚く。だが、言語の意味を理解できていない。店内奥にいるボムは、凄まじい早さの元素魔法使いに驚いていた。

「おい、ミツバチ頭。名前を何という。」

 何となく自分に話しかけられているというのは分かるが何と言っているのか全くわからない。

「――――――?」

「ベイズ君、彼らの言語を翻訳できるか?」

「昔、手に入れた本でできそうです」


「御免だけど、あんた達が言ってることが全く通じないんだ。」

「失礼した。これでいかがだろうか」

「ああ、わかるよ、それなら」

 ちょっと古風な訛りに聞こえるが、理解不能な音ではなくなったヤマメの言葉にこたえる。

「ボクはヤマメ。これはベイズで、ホムンクルスの魂を回収しに来た。」

 ヤマメより長いこと、第4アースの人類の文化に触れていた【あつめれ】は気づいた。

「あんたか、この星に元素魔法の存在を持ち込んだのは!あれ、正史であれば錬金術になって、魔法の類からはずれるはずだったんだぞ!」

 ヤマメは指さして言う

「名前は?」

「言ったところで知らない名だろ?あんたらの目標はあそこの人間の体に間借りしているディ・ボムだ」

 ニコラスの姿のボムを指す。二人からすると、ピラの容姿のおかしな部分を取り除き、髪を長髪にしたまんまなので本人に尋ねなくとも誰か分かった。

 だが、これで終わりでやっと帰れるというカタルシスはこの場には訪れていない。

「魂が間借りしているだって?」

 ニコラスの方を見る。

「あんた、今回どうやって蘇ったんだ?」

「哺乳動物から生まれた。」

 懐にいるベイズを取り出して、空気の抜けた風船のように引き延ばした。そこからベイズが人型に戻る。

「ちょっとベイズ君、彼女の体を作り変えるからアシストしてくれ」

 ニコラスの目が元の緑色の目に戻る。

「なにをするつもりなんですか!」

「君からボムを引き離す。そのために一度ボムを殺す。魂と肉体はどちらも互いのアカシックレコードを持っている。実際、心臓を移植手術した人は趣味が変わったりするのもこの影響だ。おそらく、ボムの魂が含まれた細胞を殺せば、ボムの魂は体を作り直すはずだ。で、ベイズ君には魂の移動を頼むよ。ライ族ってアカシックレコードに干渉できるから」

「はい」

 機械のように隙間なくベイズが返事する。

 長年の相棒のようなやり取りをする二人にニコラスは、身じろぎをする。

「ボクは食べる時以外なら痛くするつもりはないから安心して?」

 ヤマメが思い出したように気遣った言葉をかけるが、ニコラスの警戒心は解けない。

「それとも、ボクらと一緒に帰る?」

 調子を変えずに、優しく問いかける。この問いにニコラスは瞳を揺らすが、首を縦には振らない。


 数分、ヤマメとやり取りをした。

「昔、バイサーバで神様やれたぐらいだから完全万能の存在だよ?」

 これには若干引かれた。

「僕はね、西洋の切り取るだけの治療以外にも東洋の薬による中からの治療にも長けてる!絶対安全なんだから!」

 いくら、ヤマメの作業が安全安心だということを訴えてもニコラスは自身の中にいるボムを手放そうとはしなかった。

 ニコラスが拒む意味をベイズはうっすらと、理解した。肩を落とすヤマメの背中を叩いて

「俺に任せてください」

 そう言って、膝を抱えるニコラスに近づいた。


 ベイズは体の中から石を取り出した。念晶だ。

「あなたは、ボムと二度と会えなくなるのが嫌なんじゃないですか?」

 膝に顔を隠した。真ん中で分けられて跳ねた前髪が顔をさらに隠す。

「これさえあれば、ボムさんといつでもどこでもやり取りができます。いかがでしょうか?」

「君、念晶まで入れてきてたのか」

「本当にもしものためだったんですけどね」

 本当は、手分けして探す羽目になったときにヤマメとペアで持とうと考え、用意してきたものだ。ここぞという見せ場なので、出し惜しみをせずに出した。

「本当に?」

 顔を上げて尋ねた。

「帰ったら、ボムさんにこれとペアの物を渡すことを約束します。」

 ベイズが念晶を持った手を伸ばすと、ニコラスも両腕を伸ばし、念晶を受け取った。


「じゃあ、ボムを切り離してもいいんだね?」

 肩からすっかり力を抜いたニコラスに尋ねた。

「いいですよ」

「それじゃ、遠慮なく」

 そう言ってニコラスの隣の空いた席に座り込んだ。ベイズは後ろの方に回り、ニコラスの両肩に手を置く。

「――混沌―――なる多成る生命成すかいよ―――ともに魂元あるべき神の元へ帰らん」

 自身を高揚させるためだけの呪文を詠唱する。聞きなれない、より昔、死語となった言葉も交えながら詠唱を進めていく。

 後ろにいるベイズも何年か前、ツキヨにした時のように、右目だけを残し闇の姿になっている。

「よし、ベイズ君。できたよ」

「こっちも捕まえました。ですが…」

「ですが?」

 つかまれていた肩の感触を確かめるニコラスがベイズに尋ねる。

「ニコラスさんからハーモニウムを取り除けませんでした。おそらく、ハーモニウムを抜くとニコラスさんも死にます」

「うーん、ハーモニウムは元素魔法でも取り除けないからな…ベイズでもできないとなると、」

「いいですよ。このままで」


 ヤマメとベイズは、身を乗り出してニコラスの表情をうかがう。

「いや、多分だけど、貴女のこれからの人生に異常をもたらすよ?空から僕らみたいなのがこれからも降り続くだろうし、貴女は僕らと同じで何千年も生きる羽目になるよ?それでいいの?」

「俺が危惧したのは、あなたのこれまでの人生で、ハーモニウムが原因で敬遠されていたことがあったからですよ!!」

「ベイズ!!君、記憶読んだのか!!ダメだろ!!」

「いやああああ、すみません!悪気はなかったんです!!」

「いいんです」

 ニコラスの優しい声で、二人は静まった。

「私はなんとか、幸せに生きて見せます。ですから、せめて半世紀に一度ぐらいは会いに来てくださいね。」

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