3.ついに会えたなマシマロ

 ベイズ、シルヴィアは丁度日が城上町の真上にさす眩しい時間帯にやってきた。こればっかりはシルヴィアもパーカーを着込み、深くフードをかぶっている。

 薄い酸素を感じたこともないが、シルヴィアは息を吸い込んだ。

「何か甘い香りがしないか?ベイズ」

 ベイズも嗅覚に意識を集中してみる。

「これ、昔、先生とスイセイさんと第四アースに行ったときに嗅ぎましたよ。このあまーいにおい」

 屋敷の中からする匂いに事態の異常性を感じ取り、ポケットに入れた森の土の入った袋に右手を伸ばしつつ、屋敷の鈴を鳴らす。


 チリンチリン


「うわ、」

「うへっ」

 反射的に、手が鼻の方に持っていかれる。地球人的に表現するなら、祭りにある綿あめ屋。あの場所の甘ったるい香りだ。ベタベタした匂いが頭にこびりつく。

 まだ開いただけなのに強烈な香りに襲われた。

 マルーリさん、大丈夫なのか?

 当然のように広間の戸を手にかける。

 左手で追い払うように開ける。


 机に突っ伏したスイセイと、それを介護する宝石たち。机に置かれた白い棺。それを囲んで座る見覚えのない6人。あとはいるだろうと思っていた3人。

 【よそ者】はいるが【予想していたよそ者】がいない。

 マルーリが鼻声で朗らかに第一声を発する。

「いらっしゃいシルヴィー、ベイズ君。こっちに来てくれ」

 6人のうち、5人は同じように雪のような白い肌をしている。もう一人はかつてのツキヨを思い出すように前髪で顔半分を隠している。片腕に奇妙なふくらみがあるがそれ以外は普通に見える。

 マルーリ側の席に着くと、マルーリが6人を見てから紹介を始めた。

「こちらは、カリミラの中級神たちで、分かる通り、バイサーバ人だ。まずディ・ピラさん。レディッシュ、グレイッシュ、ブライト、ペール、ヴィリジアン。そしてこの災害的な甘い匂いは白い肌の方々が例の種族ということだ」

「ヤマメさんが食べようとしてませんが」

 後ろで一歩置いて腕を組んで浮いているヤマメを見る。

 ヤマメは肩眉を上げてシルヴィアを見返す

「姫であれば知っていると思っていましたがね。」

 皮肉たっぷりだ。

「まず白い肌の…マシマロだ。この国じゃ知的生命体はみんなこういうスマートな体に見えるように情報汚染がすすんでいるんだ。マシマロは食べたらそりゃもう、見える世界が90度変わるぞ。触った物も食べてはいけない。まさに歩く毒物。そして、ディ・ピラ」

 顔半分を覆う髪を揺らしてピラがヤマメを静かに見る。

「こいつはホムンクルスだ。しかもこの星で作られた。成功した奴がいたとはな。食べないのは味が悪そうだからだ」


 ガツン

 机をピラが叩く

「私は成功例ではないですよ。あちこち無駄に多い」

 そのことにベイズは気が付いたようで、体を跳ねさせた。

「それに、食用はこの棺に入ったホムンクルスの成功体。残念ながら腐らないよう薬を詰めているので食にはむきませんが」

 ヤマメに向かって鼻を上げて笑うと、隠された顔半分が露わになった。

 ただれた肌に目が三つ、ぎょろぎょろと、瞼のない目で忙しなく動いている。

 間に座るマルーリが片手をあげて止めに入る。

「本題に入ろう」

 若干いらだった声で。



 ヤマメがマルーリの隣に浮いて出て、説明を始める。

「おそらく、ボムが行き着いた先は第4アースだ。何の因果か知らないが、この星、もしくは近くの星から離れると無条件にそこに行き着く。ボクもそうだった。」

「一例しかないのにそう言い切れるのか?」

 シルヴィアが隣で問う。ヤマメは口を∩の形にして机の上に場を移す。

「当初、ボクはせっかくエバーワールドを出たんだし、マルーリのいた第2アースを探しに行こうと思っていたんだ。だけど、いつの間にやらたどり着いたのはもっと遠い第4アース。

 マモリの探知も済ませてある。あの子はボクが第4アースにいたのを真っ先に見つけたからね。あの時は近くの星からしらみつぶしに探していたようだが、今回は第4アースを知っていたから一番先にそこを調べさせた。

 そしたらいた。

 今回はボクとベイズで行く。移動の安全は、エバーワールダーしか保証できない。

 ベイズ君なら変装もお手のものだし、情報収集もなるべく早く済む。」


「これでいいですかね。早いところヤマメとベイズには、第4アースに行ってもらいたい。これ以上、向こう側に影響を出さないためにも。」

 マルーリのこの言葉で、この場は開かれた。




「約束だ、戻せたら一度ごちそうになる。」

「いいでしょう。そしたらちょっとはあいつも懲りますよ」

 ヤマメとピラが何やら物騒な話をしているがここでは詳細に描くことはない。大体8000字前後で別所にて公開。

 ヤマメがガロウにしばしの別れを告げて、二人は出発の体制に入った。


 まずベイズがオレンジ頭の落書きになり、ヤマメの懐に。地上で重力操作による移動を開始する危険性は前回のことで完全に周知の事実なので、大体5メートル浮いたところで止まった。

「それじゃ、行ってくるね」

 あの時、エバーワールドに帰る時したように、真上を見上げた。






 もし、偶然が重なる時があるのなら、奇跡が重なるのであれば、それはおそらく一人(二人)自分がそうであることを認めようとするニコラスに起こるべきだろう。

 極東。ヤマメを連れ戻すためにスイセイ達が向かった時の場所の黒い雲の向こう側に存在する最後の大陸。

 ニコラスは今まさにそこにいた。

 この星の時間で約50年ほど前にあった西、東に分かれた土地取合戦は既に跡形も見せないように火薬が飛んだ土地には鉄道がとおっていた。血に塗られた土地には緑と墓地が置かれ、広がる町が点々と作られた。


 できるだけ人に見つからない場所が欲しかった。なのでまだ地図に名前が付けられていないような場所を探していた。

「元素魔法って本当に存在するの?おとぎ話の中だけだと思ってたけど」

(存在するよ。ただ、構成とか自分の気持ちとかいろいろ必要だけど。)

「それってつまり、造ろうと思う物質の構成を思い浮かべて、それをやり遂げようっていう自分の強い気持ちが必要ってこと?」

(驚くほど物分かりがいいね。魂は少なくとも私が混じっているしできないことはないと思うな)

「なるほど、やってみることに越したことはないのね」

 そういうとニコラスは自分が背負っていたバックパックを地面に落とした。

(意識の集中はもちろんだけど、自分を忘れないように。)


 静かに、布が揺れることも許さないようにゆっくりと腕を広げる。


 ニコラスはそこに大きな拠点を作った。

 気が付くとあったその建物は、最後の大陸にはひどく似つかわしくなかったが、建てられた時代が全くの不明な代物だった。

 そこに本格的にニコラスが住むのはまだまだ先の話。


 東海岸沿いの町に馴染むように移り住んだ。金や石油によって財を成した人物だらけの町に、いつの間にやら心の隙間に入り込むように。

 ニコラス・アレクサンダルブナ・ヴィコヴィグはニコラス・グースという名前の童話作家となった。

 これは人に影響を与える元素魔法。グリマラにかけられた、【知的生命体が全て人型の同じ言語を解することのできる情報汚染】もこの類である。

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