第355話 虚無感の源
エミリア夫人はイングマルの方にやって来て「話が途中だったわね?何だったかしら?」と言った。
イングマルは「商談のことはともかく、農民たちがやる気がないのはなんでか?ということなんですよ。
ちゃんとやれば収穫量が上がりそれだけ儲かるのに。」と言った。
エミリア夫人は「そうね、努力した分がそのまま報われるなら皆頑張るでしょうね。」と言った。
イングマルは「そうならないのですか?」と聞いた。
エミリア夫人は「残念だけど無理ね。」とキッパリ言った。
イングマルが不思議そうな顔をしているとエミリア夫人は「まず収穫量が増えれば税も増える。
それに豊作の時というのは大体どこの地域も豊作になるから市場に物があふれて余ります。
そうなると値が下がってしまうのです。
豊作なのに値が安すぎて儲からず暮らしは楽にならない。
半年かかって苦労して作った物が安く買い叩かれてしまった時は本当に悲しくて嫌になってしまうものよ。
何をやっても儲からず暮らしは楽にならないなら何もしないでいよう、と言うことになってしまうのよ。」と言った。
イングマルはそれを聞いて「う~ん、でもそれってどこでもそうだよね?どこでもお百姓さんなら普通のことじゃない?
バーデンス領が特別重税というのは聞かないよ。
むしろ他所より安いくらいで。
それなのに何でここだけこんななのかな?」と言った。
エミリア夫人は「そうね、他にはエストブルグに近いというのがあるわね。
農業しているよりエストブルグへ行けば何でも仕事にありつけるし娯楽には事欠かない。
賑やかだし出会いも一杯あるでしょう?」と言った。
イングマルは「なるほどね、でも皆憧れるほど町の暮らしは楽じゃ無いけどなー。」と言った。
エミリア夫人は「そうでしょうね、私も町暮らしの経験あるからわかるわよ、大変さは。
でも若い人には町は輝いて見えて憧れるものなのよ。」といった。
エミリア夫人はさらに「あとはやっぱり4年前の水害が大きいわね。
何世代もかかって築いてきたものが目の前で何も出来ないまま1日で何もかも失われてしまって。
何をやってもどうせすぐに失われてしまう、努力しても無駄になってしまう、
だったらもう何もしないでいよう、ということかしらね。」と言った。
イングマルは「う~ん、でも4年もたっているんでしょう?もうなんぼなんでも落ち着いたんじゃないの?」と聞いた。
エミリア夫人は少し微笑んで「あなたは若いからまだ分からないかも知れないわね。
あの日の恐怖は昨日のことのように覚えているわよ。
たぶん何年たっても一生忘れることはないでしょうね。
私なんか今でも雨が降るだけで怖くて心配で眠れないもの。
本当の苦しみや悲しみはそれを体験した者にしか分からないものなのよ。」と言った。
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