第240話 艦の魔女狩り
イングマルに助けられた若い士官見習いたちは重傷だったが一命を取り止めた
。
彼らは横になりながら黙って自分達に起こった出来事を何度も思い返していた。
何度思い返しても自分達を救いだしてくれたのはイングマルだけであった。
自分達が見下しさげすんでいた者に助けられた事が信じられなかったし理解出来なかった。
彼らがただの年相応の者なら素直に感謝できたかも知れないし心の奥底では感謝しかなかったのだが彼らの身分や立場がそれを口にすることを阻んでいた。
イングマルが自分達より強いということを認めたくないという思いも強かった。
彼らがよりどころとするのは今や身分しかなかった。
身分だけが彼らの自我を保つ手段でありこれにすがる他なかった。
貴族というだけでとくになにもしなくても人から尊ばれる封建制度という仕組み。
彼らは以前にもましてそれらにしがみつくようになった。
その上でイングマルから「ご無事でしたか?」と敬意を込めた挨拶にくれば「まあ仲良くしてやってもいいかな」という様なことを考えていた。
そのイングマルはそれどころではなく負傷者の看護で忙しく汚れたシーツや包帯を取り換え洗濯して干し乾いたのから取り換えるの繰り返し、一巡する頃にはまた初めの者のを取り換えるという事が続いていた。
一部の者は感謝していたが中には「今度の事態は誰のせいなのか?」と言い合う者たちが現れた。
動けず寝たきりの自分の姿が情けなくて誰かのせいにしなければ耐えれなかったのかも知れない。
誰かのせいと言ってもあえて責任と言えば艦長に起因するのだがさすがにそれははばかられるので誰か適当な生け贄を探すようになった。
誰かが「戦闘の最中に任務を放棄し一時持ち場を離れていたものがいる。」
「あの新入りの小僧だ!」と言い出した。
イングマルの行動をすべて見ていたものはほとんどおらず事情を詳しく知らないものには「戦闘の最中にサボっていた」と思われても仕方なかった。
ただサボっていたからと言っても今回の戦闘の結果とは関係ないのだがもはやそんなことはどうでもよく、不満の解消のための理由など何でも良かったのである。
逃げ場のない狭い船の中で魔女狩りのような事が始まろうとしていた。
イングマルはそう言う声を聞いていたがあえて言い訳する気もなく自分の仕事を淡々とこなしていた。
イングマルは祈っていた。
「これ以上事態が悪化しませんように」と自分のためでなく彼らのために祈っていた。
自分に攻撃が加えられれば今度こそ自衛の行動をとらざるを得ず、一旦始まれば恐らく最後の一人になるまで止まらない。
負傷者しかいないこの船の人員ではイングマルの敵ではない。
イングマルとしても手負いの者を討つのは忍びないが必要なら全部終わらせる気でいる。
艦内に異様な雰囲気が広がり艦長も事態に気が付いたが乗組員の不満が自分に向かうのを怖れてとくになにも手を打とうということはしなかった。
それどころか艦長や航海長ははじめから終いまで戦闘中のすべてのイングマルの行動を見ていたのである。
その上で知らん顔している。
若い士官見習いを救出したまではまあ良かったがそのあとが艦長に取っては具合が悪かった。
全部の状況を把握し最も効果的な攻撃をたった3本の矢で決めてしまった。
それを許可も得ず勝手に行ったことや結果的に攻撃が効果的で危機を脱したことが問題だった。
それは指揮官としての能力が明らかに小僧より劣っていることであった。
それは認めがたいし指揮系統を無視したことも指揮官として許し難かった。
とは言えその事で制裁を加えればあきらかに嫉妬である。
自分でもそんなことは考えたくないのでこの状況を放置することにしたのだった。
艦の秩序を保つ立場の水夫長や兵曹長は重傷の寝たきりで艦の不穏な空気を感じつつも何も出来なかった。
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