第168話 禍根
ジェシカを回収して皆で手当した。
たいした傷ではなかった。
それより生け贄なんてお話しの中のこと思っていたが、自分が本当にそんな目に会うとは思ってもおらず、相当なショックだったようだ。
ジェシカは皆に助け出されて、ほっとしていた。
気持ちを入れ替え身の回りのものを整えて出発した。
村に無事到着しても安心できないという事態に対策を検討した。
村に入る前に村の状態を調べておき、到着後も1日2日滞在して村を見て回るなどが検討された。
そのくらいしか今回のようなことを回避する方法はないように思われた。
今まで帰った子たちも無事でいるだろうか?
心配の種は尽きることがなかった。
イングマルは全員送り届けた後、もう一度確認の旅に出る必要があると思っていた。
その後、エマ、ドリス、アリス、ジュエルは何事もなく無事に帰ることができた。
次のアンジェリカの村に向かう途中、大きな街で物資を補充した。
情報も仕入れ、北のほうで別の大きな盗賊団の討伐があるようだ。
物資が何もかも値上がりしていた。
だが、みんなの商品も高く売れるので別に問題はなかった。
みんなを送り届ける旅をしていた頃、エストリアのベネディクト王は、スロトニアの王に再び書簡を送り、フェルト子爵配下の盗賊団の討伐を要望した。
イングマルがエストリアの叔父の家を出る前、盗賊団討伐に参加しエストリアでは一端はフェルト子爵配下の盗賊団は一掃されたが、再び勢力を回復してたびたびエストリア国内にフェルト子爵配下の盗賊団がやってくるのを憂慮してのことだった。
スロトニアのフランツ王はヴァーベル公爵の1件以来心労がたたり病気がちとなっていて、さらにパール伯爵の事件やニコラス配下の人買い団討伐など、フェルト子爵の事は承知していながらなかなか対応できなかった。
この1件を誰かに一任したかったのだが、エストリアとの国境が近くヴァーベルト公爵と関わりの深いフェルト子爵のことはほとんどの者が面倒に巻き込まれたくなかったので誰も名乗り出ようとはしなかった。
そこへ、ヴァーベルト公爵の長男が名乗り出た。
父の親友だったフェルト子爵を討伐するということに多くのものはいぶかしんだが長男は「自分と父は違う、例え父の友人であったとしても悪は成敗する」と公言した。
王は彼に一任した。
公爵の長男、グスタフ・ヴァーベルトは早速、行動を始めた。
兵や兵糧を準備する段取りや手はずは見事なもので、農閑期に入ったというのもあるが短期間に3,000名の兵を集めることができた。
この動きを見て他の諸侯も「若造に遅れてなるものか!」と同調しさらに兵が集まり、総兵力は5,000にもなった。
イングマルが仕入れた情報はそんな内容だった。
近々出動するとのことだ。
その日は街に滞在し、皆は久しぶりに街の宿屋に泊って羽根を伸ばしてくつろいでおり、イングマルは馬車と荷物を見回っていた。
そこへひどく怯えた様子の男が現れ「一緒に隣町まで連れて行ってくれないか?」と頼んできた。
男は彫金師で、隣街で仕事を探すと言う。
話している間もずっと挙動不審で辺たりを伺っていた。
イングマルは同じ道順なので別にいいかと思い、同行することにした。
男はとても喜んで、すぐ娘を連れてやってきた。
そのまま「馬車に泊めてくれ」と言った。
イングマルは荷台に寝床を作り父娘を泊めてやり、自分は見張りを続けた。
翌朝、宿屋を出てきたみんなに事情を話して準備を整えて出発した。
男はずっと辺たりを伺っていたが、街から離れるとやっと落ち着いたようで安心したようにため息をついた。
安心するとポツポツと事情を説明し始めた。
男は若い頃、盗賊の一味だったという。
彫金の腕を買われ、鍵なども複製することができたと言う。
結婚を機に足を洗い、彫金師として過ごしていたが昔の仲間がやってきて再び「盗賊団の仲間に入れ」と言ってきた。
元々盗賊稼業は嫌だったので逃げ回っていたのだが、とうとう娘を人質にとろうとして争いになりそのまま逃げてきたと言う。
皆は、黙って聞いていた。
「行くあてはあるのか?」と聞いたら、特にないが大きな街へ行けばなんとかやっていけると言う。
娘は父親が盗賊の一味だったことは知らないようで、キャロル達と無邪気に遊んでいる。
この先も逃げ回る人生だろうが「これは私の報いだ」と言う。
ほどなくアンジェリカの村に近づいてきて行き交う人に村の様子を聞き、何事もないとわかるとみんなでアンジェリカの送別会を開いた。
彫金師の男は皆が盗賊団や人買のアジトから逃げてきて撃退し故郷に帰ることを聞いて、驚きとともに戸惑っていた。
元盗賊の自分を憎んでいるのではないか?と思ったようだが、皆は男に対して何の感情もない。
男からはもう盗賊の気配は1ミリも感じなかった。
アンジェリカが無事に帰り、両親と再会して喜んでいる姿を見て男も喜んでいた。
アンジェリカと別れ、近くの大きな街へ向かった。
男とはそこで別れることになり、みんなと短い間であったが「一緒にいれてよかった。」と礼をのべた。
幼い娘もみんなも別れを惜しんでいるようだった。
最後の晩餐を食べた男と娘は、逃げ回る日々で食べたこともない美味しい食事に泣いて喜んでいた。
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