第109話  処置







 谷での戦いの後、移動中にイングマルは具合が悪くなり、ローズに「自分がダメなとき、イーリス・マーヤの要塞村に身を寄せるように。」といい、そのまま気を失った。



みんなあわててイングマルを介抱したが、左手の傷が深く他にも両足のくるぶし部分もロープを強引に引きちぎった時にできた裂傷がひどかった。




みんなそんな彼を見て、涙がこぼれた。




森の中の小川のほとりで休み、イングマルは三日間、全く動くことなく眠り続け、四日目に少しずつ寝返りなどして動くようになった。




ローズはイングマルの脇腹をつついて動くのを見て、生きていることを確認した。




脇腹をつつくたび、ビクッビクッと動くので面白がっていたら、イングマルがくるくる回りだし、ローズを蹴飛ばした。



ローズはイングマルが目を覚ましたのか?と思ったが、ぐっすり寝ている。



犬のトミーはずっと、イングマルにくっついて傷口を舐めている。





みんなドクダミやヨモギをとってきて湿布を作り、傷口に毎日張り替えた。



見る見る傷口はふさがり、6日目にはほとんどじっとしていないくらいごろごろ動いていたが、まだ目は覚まさない。




7日目めになってようやく「おわーっ!!」という雄叫びをあげて目を覚ましたが、目やにでまぶたがくっついていて目が開かず「目がーっ!目がーっ!」と喚いていた。




ローズが熱いおしぼりを顔に当ててやると「熱いーっ!」、「気持ちいいー。」と、うるさく騒いでやっと目が開いた。




立ち上がろうとしたがフラフラしてすぐ転んで危ないので、「もう少し横になっていろ。」と寝かされた。



イングマルも寝ながら足を上げて回してみたり、屈伸したりして体をならしていた。







体が動かせるようになると腹が減ってきたのでオートミール粥を食べ、食べては体を動かしを繰り返し、8日目には素振りの稽古ができるようになった。




イングマルが回復したのでみんなはほっとしたが、いまいち元気がない。




イングマルは心配をかけたことをみんなに謝ったがそのことではなく、彼女たちは自分たちが生き残り、なりゆきとは言え村人を全員死なせてしまい、村まで焼き払って滅ぼしたことを、罪と感じているようだった。




イングマルはそんな彼女たちに、「全く罪と思う必要は無い、そんな風に思うのは皆の傲慢だ。」と平然と言う。




彼らは上品な言葉や数字を並べていたが、心は獣だった。



獣の世界に生きていた。



そんな彼らを哀れむのは、彼らを動物と同じに見下しているのと同じことだ。



彼らを人として生を全うさせるためにも彼らは報いを受けねばならず、イングマルはそうした。





「彼らは人間として死んでいった、だから喜んでいいんだ。」


イングマルは自分に言い聞かせるように言う。





彼らが不幸を脱しようとした事は理解できる。



しかし、その方法を間違った。



人間は動物の1種である。



放っておけば、たちまち獣の本能のままに生きてしまう。



不幸に甘んじているのは罪である。



状況が悪くなれば、すぐに加害者の側に回ってしまうからだ。





理性と知性を持って自らを律しつづける努力、鍛錬を怠りないようにしなければならない。




商売をして、産品を作り、運んで売る。



そうやって豊かになってゆく。




村人全員が豊かにならなければ、人間の世界は保つことができないのだ。





どんな時でも場所でも、人々を家畜と同じように売買するなど、人間の世界を獣の世界に変えてしまう行いであり、人間世界の破壊の何物でもない。




たとえ法や国家や制度がそれを認めていようとも、イングマルは決して認めない。






最も獣に近いようなイングマルが、こんなことを考えているのもおかしな話だが、みんなにこんな話をブツブツと言っていたらローズが「1番若いくせに、ジジイか?!」


「説教じじい!」と言って、イングマルを黙らせた。




体を気遣ってのことだが、ローズらしい終わらせ方である。




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