第99話  イーリス、マーヤの帰還3





堀は、高さも幅も10m以上あり、どこも3重ある。



堀の頂上部分には柵が巡らされており、堀の中にも板や土で仕切りがなされていて、枡を並べたようになっている。



そのため、堀の中で横移動することもできない。


堀の斜面は滑りやすく、なかなか登れない。




何度も曲がりくねった通路は、曲がるたびに桝形虎口という構造になっており、3方向から攻撃できるようになっていた。




最後の堀を渡る跳ね橋を通って、やっと村の中央広場に到着した。



すでにイーリスとマーヤの家族と、大勢の村人が待っていた。



イーリスとマーヤは馬車を飛び降り、走って両親の元へ行き抱き締めあった。


村の人々もそれを見て、万歳と拍手が起こった。







すぐにみんなの歓迎会が行われた。



ここでもイーリス、マーヤとローズが主役となった。


相変わらず、みんなはローズを男と思っているので、村の若い女は全員、救いのヒーロー、王子様のように扱い、アイドルのようになってしまった。



酒が回ってくると、キャーキャーと若い娘たちはローズから離れようとせず、追い掛け回していた。




ローズはたまらず逃げまわったが、とうとう逃げ切れないと思って、村人の前で、自分は女であることを明かした。




するとまた「きゃー!」と黄色い悲鳴と、今度は「おー!」という男たちの声が上がり、ローズは村中の男と女から追い回される羽目になってしまった。




イングマルはそんなやりとりを面白がって見ていたが、翌日から村を隅々まで見て回った。




高さ20m以上ある高いやぐらがいくつもたち、櫓の上から何本ものロープが張り巡らされていて、滑車を使ってあちこちに素早く移動できるようになっていた。





イングマルはすっかり夢中になって、要塞村を見学した。




中世の城は、石の壁と塔をイメージするが、ここにはそのような建物はなく、家はどれも簡素な木でできている。




やはり堀と柵が何といっても最大の特徴だろう。




大がかりな資材は必要とせず、堀を掘った土砂を積んで、その上に柵を立てただけのもで、難しい技術では無い。




地道な愚直さ、それだけである。



土を掘り運ぶ、という地味な作業を延々と繰り返す。



単純とは言え、村の防御は完璧である。


ここを武力で制圧するには、数万の兵力は必要となるだろう。





真に偉大な事業とはいつでも地味なものである。



もともとこの村は、もう少し先にあったのだが、イーリスとマーヤがさらわれてから、防衛に適したこの場所に新しく移った。




二度と悲劇を繰り返さないため、みんな女も子供も老人も、土を運び続けた。



それ以来、盗賊の襲撃はない。



イーリスとマーヤが無事に戻ってきたことで、これまでの努力のすべてが報われた思いで、村人は本当に喜んでいた。







イングマルは櫓の上に登った。




十数キロは見たせ、渓谷の入り口まで手に取るように見えた。





広場で、村の女の子たちに囲まれてチヤホヤされているローズが見えた。





ちょうどローズのいるところにロープがつながれていたので、イングマルは滑車をつかんでそこへすべり降りた。




「わ〜い!ローズー!!」と叫んで滑り降り、「どーん!!」と叫んでローズに体当たりした。




ローズは思いっきり地面に突き飛ばされて、顔中砂まみれになった。



「何しやがんだ!このくそガキっ!!」と言って、落ちていた棒を拾って、イングマルを追い掛け回した。









イングマルはこの村がすっかり気に入って、マニアックな質問を村の技術者にして回った。



村長やその友人は傭兵上がりの人で、昔の戦争にも行ったことがある人だ。


そのため、戦争のことをよく知っていた。




イングマルは村の設備を、隅々まで這いつくばって、舐めるようにして見て回り、数日、村に滞在した。


がいつまでもいるわけにはいかない。



物資を補充して出発の準備を始めた。



村人は別れをいつまでも惜しみ、ローズに、残ってくれと、若い男女に懇願されていた。








ローズは、みんなにキスしてやっと別れ、馬車は出発した。




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