第69話 英雄伝
亡くなったアルベルトの葬儀を済ませると新人の1人、マルティンが保護した女性をかいがいしく面倒を見ているようだ。
彼らだけではなく、多くの人が彼女ら親子を面倒みるようになっていた。
マルティンは特に彼女のもとに通うようになっていた。
イングマルはあれ以来会っていないし、話しもしていない。
もう済んだことで、どうでもいいことであった。
それからしばらくした頃、この街であるお芝居が流行るようになった。
ニーナから内容を聞いて驚いた。
マクシミリアン学園前の殺人事件と追っ手を撃退するイングマルがモデルの話だった。
名前も同じものが使われている。
内容も結構正確で、綿密な取材に基づいているようだ。
悪役非道な公爵が放つ追っ手を次々と撃退する、英雄として描かれている。
役のイングマルのスタイルもこげ茶の革ベスト、というスタイルまでそっくりである。
最近本当にあってみんな知っていた話が元になっているので、みんな夢中になり大流行だった。
連日大入り満員でイングマル人形なる、お土産まで売りに出されて飛ぶように売れている。
子供たちの間では「イングマルごっこ」が流行しイングマルのような茶色の革ベストを着て剣士となり悪い奴らをやっつける、大人になったらイングマルのような人になるのだ、そう言っている。
ニーナも自分の彼氏がモデルとなっているので、密かに喜んでいるようだった。
イングマルは唖然とした。
激しい嫌悪に襲われた。
吐き気を催すほどだった。
マクシミリアン学園の事件のことはイングマルにとって生涯抜けることのないトゲとして今も心に刺さっている。
イングマルの戦いは常に降りかかる火の粉をふり払うものだった。
だが世間はお楽しみのネタでしかない。
殺人を肯定しているかのような世間の風潮につくづく嫌気がさしていた。
イングマルは無視していたらすぐに飽きてすたれるだろうと思っていたが何ヵ月たっても一向に収まらない。
そんな中、街にモデルとなった本物のイングマルが住んでいるという噂が流れた。
イングマルのことを知っているものは多い。
学園の関係者や、剣術試合の観客。
生き残った追っ手たち。
商会の中にもイングマルの素性を知っている者がいる。
街では「イングマル探し」が流行るようになった。
そして目をつけられるようになった。
年齢から絞られた。
同じ年頃で昔からではなく、最近やってきた少年はほとんどいない。
しかし年頃や時期があうからといってそれがイングマルその人とは証拠がない以上わからない。
暇なおせっかいがどこにでもいるようで、マクシミリアン学園の剣術試合を観戦してイングマルのことを知っている者をはるばる連れてきて密かに酒場で確認させていた。
イングマルは知らない顔だった。
翌日、イングマルが酒場前を通ると大勢の人に取り囲まれた。
「お前がイングマルか?」と聞かれ、少しひるんだが「何のこと?」ととぼけていた。
剣術試合を観戦していたものが前に出てきて「間違いない!こいつだ!こいつがイングマル・ヨハンソンだ!」と叫んだ。
みんな「おおーっ!」と盛り上がって、イングマルはもみくちゃになった。
イングマルはたまらず逃げ出した。
街ではすっかりイングマルのことがばれてしまい、商会の新人たちも「俺は初めっからわかっていたぜ!」と鼻高々に自慢していた。
何処へ行っても人だかりとなり、商売どころではなかった。
人々はイングマルの後をついてまわり、ニーナにも会うことができなかった。
イングマルは叔父の元へ行き今の状況を話した。
叔父だけには、本心を知っておいてもらいたかったのだ。
叔父は「こんなのはすぐ飽きておさまる。」と言っていたが殺人を肯定するような風潮が、人々の心の中に正しいことと認識されようとしている。
イングマルはそれが我慢できなかった。
ゴミをあさるといってカラスを殺し、畑を荒らすと言って鹿を殺し、おっかないと言って熊を殺し、悪さをすると言って猿を殺す。
やがては気に入らないと言って人間を殺すようになる。
殺してはならない。
どんな物でも、どんな時でも。
殺しは問題の解決にはならない。
イングマルの主張が言葉や文字にしたとしても支持する人はあまりないように思われた。
人間には、言葉や文字では理解できないことがある。
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