第32話 出兵
ランツ伯がイングマルに撃退され重傷を負って帰ってきてからしばらく後、隣国エストリアのベネディクト国王からこの国のフランツ国王宛に書簡が届いた。
ヴァーベルト公爵領から逃げてきた農民一家がベネディクト国王のもとに直訴し、多くの女子供が人質に取られ虐待され続けていることが判明した。
以前から懸念していた国境問題と旧領地の農民が虐待されていることを看過できず、農閑期に入ってついに兵を送る決心をした。
第1条、 とらわれた農民すべての開放。
第2条、 国境線の復元。
第3条、 虐待を受けた農民への賠償。
これら3箇条を送り「1週間以内に回答がない場合は実力でとらわれている農民を救出し、国境線を元に戻す」と宣言していた。
事実上の宣戦布告である。
書簡を受けたフランツ国王は驚いて公爵に事の真相を問いただしたが言い訳ばかりに終始して全く要領を得ない。
国境近くの城にはすでにエストリアから1,000名以上の兵が入城していた。
「とらわれた農民救出」という大義名分を掲げて多くの騎士が集まった。
エストリアだけでなく周辺各国の騎士たちも集った。
もたもたしている間に1週間以上が過ぎてしまい、とうとう回答がされないままエストリア軍は太鼓やドラ、ラッパを吹き何本もの旗を掲げてケム川を越えてやってきた。
長らく戦争のなかったこの地で60数年ぶりに戦端が開かれることとなった。
フランツ国王も公爵も大慌てで事態収拾を図ろうとした。
公爵はなんとか兵を集めようとしたが頼みのランツ伯は重症で使えず、ほかに誰も彼の元には集まらなかった。
親戚のフランツ国王だけが頼みだったがまったく兵の準備のないスロトニアではこのままだと農民救出だけにとどまらずひょっとしたら領地を占領されかねない。
農民保護などと言って、後からいくらでも正当化できる。
フランツ国王はすぐに側近を送り「宣言文を受諾する」と伝え、直ちに兵を元に戻すよう要請したがエストリア軍は「人質の農民の開放を確認してからだ」として公爵領内をどんどん進み続けた。
フランツ国王は近衛兵をヴァーベルト公爵の居城に送り「人質を連れてくるように」といい、やっと捕らわれていた女子供を引き渡された。
しかし5人の女性が既に暴行され死亡していることが判明し、解放された人質たちの口から事の真相が明らかとなった。
これを知ったフランツ国王もエストリア軍も激怒し、エストリア軍は「公爵領全土を占領すべき」と兵をさらに押し進めた。
フランツ国王は直ちにヴァーベル公爵を逮捕させて、王宮砦に幽閉された。
フランツ国王は正式に犠牲者に謝罪、十分な補償を国王の責任において行うことを誓約し何とか事態を鎮めようとした。
公爵の領地はいったん国王預けとなった。
公爵の逮捕を受け、エストリア軍が国境近くまで兵を引き上げた。
しかし国境線付近に簡単な砦を作り、そこに居座り続けた。
誓約がきちんと守られるかどうか確認するためという。
国王は誠実に約束を守り犠牲となった農民家族に十分な支払いを行い、その他の重労働をさせられていた農民たちに補償を行った。
さらに公爵領の1部を被害を受けた農民のため開放をした。
これらを見届けると翌年春になってエストリア軍は正式に引き上げていった。
国境線は昔の線まで戻された。
国境紛争ははじめ緊迫したが特に戦闘らしいものがなかったので人々は半分お祭り気分だった。
これらの事件がありイングマルの件は忘れ去られてしまい、ランツ伯以降追手が全く来なかったのである。
ヴァーベルト公爵は幽閉されたまま、処分は国王に一任された。
公爵は身分を剥奪され長男に公爵を継がせ、大部分の領地を国王あずけのまま、1部を公爵領として返し長男の統治能力を見てからその後を決定することとなった。
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