第1209話守大伴宿祢家持の掾大伴宿祢池主に贈りし歌二首


忽に枉疾に沈み、旬を累ねて痛み苦しむ

百神を祷ひ恃み、且つ消損することを得たり

而れども由し身體疼羸筋力怯軟なり

未だ展謝に堪えず 係戀弥深し

方今春朝に春花は 馥ひを春苑に流し

春暮に春鴬は 聲を春林に囀る

此の節候に對し、琴罇翫べし

興に乗ずる感ありといえども 杖を策く勞に耐えず

獨り帷幄の 裏に臥して 聊か 寸分の歌を作る

軽しく机下に奉り 玉頤を解かむことを犯す

其詞に曰く



突然、病気になり、数十日も苦しむことになりました。

数多くの神々に祈り、少々の回復となりました。

ただ、まだ体の痛み、筋力の衰えを感じています。

まだお礼にうかがうまでには至らず、思いはつのるばかりです。

最近は、春の朝ですので、春らしい花がその香りを春の苑全体にただよわせておりますし、夕暮れには、鴬が春らしい林で美しい声で鳴いています。

本来の体調であれば、この季節には琴や酒に親しむべきであって、楽しみたいと思うのですが、杖をついて出かけるのは耐えられません。

そこでひとり、家の中で寝ながら歌を作りました。

お手元にお送りしますので、お笑い種にしていただきたく思います。その歌は


春の花 今は盛りに にほふらむ 折りてかざさむ 手力をがも

                     (巻17-3965)

うぐひすの 鳴き散らすらむ 春の花 いつしか君を 手折りかざさむ

                     (巻17-3966)


二月二十九日 大伴宿祢家持


春の花は、今頃は最も盛りの時期、美しく輝いていることと思います。その素晴らしい花を手折る力が欲しいものです。


ウグイスが飛び回っては鳴き騒いでいるだろう春の花を、いつの日にか、あなたを手折ってカザシにしたいものです。


家持が回復期に大伴池主に贈った歌二首。

漢文に続いて、和歌を詠んでいる。(池主の病気見舞いへの感謝の手紙)


歌を詠み、筆を取る気力はあるが、まだ立ち上がって歩くとか、枝を折るほどの筋力の復活は感じていなかったようだ。

この感覚(回復期の)については、病気で苦しんだ人しかわからない。

筆者(舞夢)も昨年の冬が、病気からの回復期にあたり、同じような感覚を味わった。

動きたくても、動く自信がないので、どうしてもベッドから降りるのにためらう。

病気によって異なるが、少しずつの回復しか出来ない場合もある。

身体が動くようになって、ようやく心にも自信を取り戻したことを、思い出す。


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