第976話物思はず 道行く行くも 青山を

問答

物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば

つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子

汝をぞも 我に寄すといふ 我をもぞ 汝に寄すといふ

荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ

                         (巻13-3305)

反歌

いかにして 恋やむものぞ 天地の 神を祈れど 我や思ひ増す

                        (巻13-3306)



しかれこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ

橘の ほつ枝を過ぎて この川の 下にも長く 汝が心待て

                    (巻13-3307)

※切り髪の:肩のあたりで髪を切り揃える少女の髪型。

※よち子:自分と同じ年ごろの若い子の意味。

※この川の:「下」に掛かる枕詞。

※汝が心待て:男が自分と逢うことを決意することを待つ、の意味。


反歌

天地の 神をも我は 祈りてき 恋といふものは かつてやまずけり

                        (巻13-3308)



何も気に掛けることはなく、道を歩きながら、青々とした山を振り仰いで見ると、

つつじの花のように美しい娘、咲き誇る桜のように輝く娘が浮かんで来る。

そしてそれほど素晴らしい貴方を、世間の人は、私と恋仲と噂しているらしい。

ゴツゴツとした荒山であっても、人がその気になれば、引き寄せられると言われている。

だから、貴方も決してあきらめないで欲しい。


この辛い気持ちは、どうしたら収まるものだろうか。

天地の神々に祈るけれど。かえって私の恋心は増しているのだから。


だからこそ、ずっと長い年月、切り髪の少女の時期を過ぎても、橘の上枝よりも背が伸びた今まで、この川の底のように深く長く、貴方が気持ちを固めるのを、待っているのです。


私も天地の神々に祈りました。

でも、恋心は、全く収まりません。



気持ちは通じ合っているのに、なかなか決心を固められない男。

それを、急かす女の歌らしい。





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