第135話 高田女王の、今城王に贈りし歌六首

言清く いたくもな言ひ 一日だに 君いしなくは 堪へかたきかも

                          (巻4-537)

人言を 繁み言痛み 逢はざりけりき 心あるごと な思ひわが背子

                          (巻4-538)

わが背子し 遂げむと言はば 人言は 繁くありとも 出でて逢はましも

                          (巻4-539)

わが背子に または逢はじかと 思へばか 今朝の別れの すべなかりつる

                          (巻4-540)

この世には 人言繁し 来む世にも 逢はむわが背子 今ならずとも

                          (巻4-541)

常やまず 通ひし君が 使ひ来ず 今は逢わじと たゆたひぬらし

                          (巻4-542)



そんな強くはっきりと言わないでください、貴方がいないと、一日だって辛くて耐えがたいのですから。


お逢いしなかったのは、他人の噂がうるさかったから。あなたを嫌っているなんて思わないでください、愛しい貴方。


貴方がどうしても添い遂げようと言ってくれたなら、他人の噂がうるさくても、こんな家などから出てお逢いしたのに。


貴方とは、もう二度と逢えないかもしれないと思うと、今朝のお別れが、どうしようもなく辛かったのです。


今の世では、他人の噂がうるさすぎます。来世にでもお逢いしましょう、今の世でなくとも。


いつも絶えることなく、通って来られた貴方からのお使いが来なくなりました。きっと貴方がもう私には逢わないと思い、ためらっているのでしょうね。


高田女王は生没年未詳。高安王の娘で長皇子のひ孫。尚、長皇子は天武天皇の子。

今城王は大原真人今城。高田女王の叔父にあたるとも言われている。

当時は、皇族や貴族では異母兄妹などの間での結婚が普通に行われおり、叔父と姪との恋愛関係も禁忌ではなかった。



歌から判断すれば、高田女王は、今城王からはっきりと「お別れ」を告げられた。


それに対して、そんな強い口調で言わないでください、貴方がいないと一日でも辛いんですと答える。

逢わなかったのではなくて、噂がうるさかったから逢えなかったんですと言い訳。

貴方がどうしてもって言ってくれれば、こんな家を出て貴方と添い遂げたのに。

二度と逢えないって思ってしまって、今朝は辛くて仕方が無かった。

今の世では仕方ないですね、来世にでも。

とうとう貴方からのお使いもこなくなりました。貴方もためらっているのでしょうね。


高田女王の微妙な心の動きが、そのまま歌になっている。

特に、五首目で、来世に期待しようと詠みながら、便りが来なくなったことを気にする。

なかなか、人の気持ちは、簡単に断ち切れるものではない。

古代の歌にして、そのまま現代の人、特に女性も理解しやすい歌だと思う。


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