第110話 田部忌寸櫟子の、太宰に任ぜらし時の歌

田部忌寸櫟子たべのいみきいちひの、太宰に任ぜらし時の歌四首


衣手に 取りとどこほり 泣く子にも まされるわれを 置きていかにせむ

                      舎人吉人(巻4-492) 

置きて行かば 妹恋ひむかも しきたへの 黒髪敷きて 長きこの夜を

                    田部忌寸櫟子(巻4-493)

我妹子を 相知らしめし 人をこそ 恋のまされば 恨めし思へ

                          (巻4-494)

朝日影 にほへる山に 照る月の 飽かざる君を 山越しに置きて

                          (巻4-495)


田部忌寸櫟子たべのいみきいちひは、伝未詳。おそらく大宰府に派遣される官僚。

舎人吉年とねりきねは、天智帝に仕えていた女官。



舎人吉年とねりきね

あなたの衣に、しがみついて泣きじゃくる子供よりも悲しいと思う私を置いて、いってしまうのですね、これからどうしたらいいのでしょうか。


田部忌寸櫟子たべのいみきいちひ

貴方をここに残して行ってしまったなら、貴方は私を恋しがり続けるのでしょうね。

その黒髪を敷いて、長いこの夜を。


貴方との出会いのきっかけを作ってくれた人のことを恨めしく思います。

このように、貴方への恋心が増してしまうと。


朝日がさした山に残る月のように、飽きることのなく愛する貴方を、山の向う側に残してきてしまった。



この田部忌寸櫟子の太宰府行きは、舎人吉年が天智天皇の内廷に仕えていたことから、この二人を引き合わせた(相知らしめし人)」人は天智帝という説がある。

そして、田部忌寸櫟子の、この大宰府赴任は天武帝の時期、天智天皇に関係が深かった田部忌寸櫟子を地方に追いやられた左遷との説がある。


いずれにせよ、大和から大宰府は遠い。

旅路も安全とは、言い切れない。

もしかすると、二度と逢えないかもしれない。

しかし、勅命には逆らえない。

別れの辛さが、心に響く四首歌と思う。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る