第22話【第三章】

 そっと壁から顔を覗かせ、前方を確認する。


「大丈夫、皆はもう森に向かったみたい」

「よし。輝流、歩けるか?」

「大丈夫だ」

「じゃあ、このままあの電柱までダッシュで」


 私たちはひっそりと『出撃』した。自衛隊員たちの目に留まらないように。

 私は動きやすい長ズボンに着替え、石ころをたくさんポケットに詰め込んでいる。怪物に遭遇した時、戦えるように。輝流はそのまま戦えるとして、ノートパソコンを手にしているのは健太だ。


 このノートパソコンは、元々克樹の所有物だった。一旦没収されたものを、ネット環境を完全に廃棄された状態で返却されたのだ。

 しかし、それで黙っている克樹ではなかった。このパソコンは自ら手作りしたもので、ある特定の超音波を発するらしい。克樹は、多脚円盤に遭遇した時、その肉片のサンプルを提出する前に、パソコンから発する超音波の周波数を、肉片の反射する超音波と合わせておいたのだ。

 端的に言えば、このパソコンは、地下にいる多脚円盤の位置を逐次知らせてくれる、ダウンジング・マシンということになる。


 もちろん、似た装備は自衛隊も保有しているはずだが、貸してくれるわけがない。そんな中、健太が克樹と同室で休むよう言われた際、そのパソコンの調整をしているのを見かけていたのだ。その使い方も、克樹は嬉々として教えてくれたらしい。

 よって、このパソコンの出番が来た、というわけだ。


「健太、円盤は?」

「森の中から出てこねえな。怪物の気配はあるか、沙羅?」

「どう? 輝流くん」


 すると輝流は目を閉じて、『特務隊の本隊の前に立ち塞がろうとしている』と一言。


「分かった。連中がこちらに気づく前に、遠回りして円盤の近くまで行きましょう」

「でも、行ってどうするんだ? あんなの相手にはできねえぞ?」

「馬鹿ね、特務隊が注意を引いてくれるじゃない」


 私はキッパリと言い切った。


「でもお前、怪物の気を逸らすのに戦車隊が砲撃しようとするの、止めただろ? あれって、戦車隊を囮にしたくなかったからだろ? だったら特務隊の人たちのことだって、囮にはしたくないんじゃないのか?」

「もう円盤は、特務隊の動きを察して地下を進んでいる。今更、囮だなんだと言ってる場合じゃないんだよ。怪物たちだって、それを意識して特務隊の方に向かっているんだし、円盤が出てきてから、私たちが奇襲する機会はあるよ。もちろん、そのまま円盤を倒してしまうことも」

「そうだね。沙羅さんが提案したように、怪物や円盤に気づかれずに美穂さんと克樹くんを救出するなら、その手が一番いいと思う」


 立ち止まった家屋の陰で、私は『ほらね?』と肩を竦めてみせた。それに対し、健太は機嫌を悪くする。かと思いきや、


「分かった。その手で行こうぜ」


 とあっさり了承した。私の口から『健太、どうしたの?』という疑問が零れそうになったが、今はそんなことはどうでもいい。彼が従順になってくれた方が、作戦成功率は上がるだろうから。

 

 その時、私は背筋がぞくり、と冷えるような感覚に囚われた。何かが近づいてくる。もう一度、陰から向こうを見ると、そこには人型の怪物が一体、まるで警備をするように道路を闊歩していた。

 黒い鱗状の皮膚を有している。なまじ私たち人間に近い背格好だからか、カマキリやナマズの怪物よりも気色悪い。

 私はポケットから石ころを取り出し、振り返りざまに投擲しようと身構えた。その時、向かって左の方面から、銃声が響き始めた。自衛隊の特務隊のどこかと怪物の群れが正面衝突したらしい。

 私たちの前方にいた怪物も、そちらに気を取られている。あまり知性は高くないようだ。


「そこだッ!」


 私は道路に飛び出し、思いっきり小石を投擲した。小石は吸い込まれるように怪物の頭部を直撃し、四散させた。


「うげっ」


 健太が短く呻いたが、そんなことに配慮してはいられない。

 

 私たちは打ち合わせの中で、多脚円盤出現までの流れを決めていた。まず、輝流の力は温存してもらう。彼の力がなければどうにもならない。バリアや、攻撃力の高い炎を適宜使ってもらわなければ。

 それに対し、私の力は微々たるものだ。ただものを放り投げる、というだけでは。しかし、輝流一人に戦わせるのはあまりに危険だ。大怪我を負った状態の輝流に、雑魚の相手をさせるわけにはいかない。

 よって、円盤が出てくるまでは私が、円盤を確認できたら輝流が、主に戦うということになった。


 幸いにして、投石は銃撃に比べ、圧倒的に音が小さい。自衛隊にも怪物たちにも見つかるわけにはいかない私たちは、できるだけ隠密に遠回りをしていった。


 同じような状況で二体目の怪物を倒し、前進しようとした私たち。その中で、健太が足を止めた。


「どうしたの?」

「これはマズいぞ」


 輝流が、続いて私が、ノートパソコンを覗き込む。そこには、特務隊の激戦の様相が、余すところなく映されていた。どうやら、克樹は自衛隊員たちがヘルメットに装着する小型カメラの映像を盗撮できるようにしていたらしい。その映像を、このパソコンが受信している。

 私も輝流も、健太の両側からディスプレイを覗き込んだ。


《十時方向より敵、約十体! 白兵戦用意!》


 聞こえてきたのは父の声だった。偶然だろうが、まさか父のいる部隊の映像を傍受できるとは。

 

 すでに着剣していた隊員たちは、各々が怪物に狙いを定め、腹部を、そして頭部を撃ち抜いた。駆けてくる怪物には、その勢いを殺させずに、小銃を突き出して串刺しにする。

 一対一の勝負であれば、人間の方に分があるようだ。しかし、夕刻という今の時間帯には、正直焦りを覚えた。夜間になれば、人間側は圧倒的に不利になる。怪物たちは、飽くまで夜行性なのだから。早く救出作戦を成功させなければ。


「僕たちも急ごう」


 その輝流の言葉に、私と健太は揃って頷いた。


 ノートパソコンに従って歩いていくうちに、銃声や怪物の声は段々近くなってきた。多脚円盤のいるところに向かって、特務隊も私たちも、互いに近づいているからだ。夕日による影も、だんだん長くなってきている。


「円盤野郎、まだ出てこねえのか?」

「連中は今、戦力を温存しているのかもしれない」


 焦燥感を隠しきれない健太に向かい、輝流が答えた。


「夜になったら、特務隊も危ない」

「そうね。急ぎましょう」


 私はポケットに入れた小石の感覚を確かめつつ、小走りで前進を再開した。


「輝流くん、ついて来られる?」

「大丈夫だ」


 私は軽く振り返りながら、輝流の状態を確かめた。疲労の色が濃いが、それは駐屯地を出発してから続いていたことだ。この三人組での救出作戦が重荷になっているわけではない、ということか。


 しかし、そこで致命的なミスを犯したのは私の方だった。


「前! 前だ沙羅!」


 健太の絶叫に振り返ると、視界は真っ暗、否、真っ黒だった。

どこから現れたのかは分からないが、怪物が迫ってきていた。それも、私が振り返っていた僅かな時間に。まさに、私の眼前に跳びかかってくるところだった。


 私はスローモーションで周囲を見ているような気分だった。私の頭上にまで跳びあがった怪物は、鋭い爪を有している。私はあの爪で、首の動脈を切り裂かれてしまうだろう。命はあるまい。

 悲鳴を上げる間もなく、私は目を閉じた。思いの外、頭の中は冷静だった。脳裏をよぎるのは、なんとも年寄りくさいこと。


 ごめんなさい、美穂、克樹。あなたたちを助けには行けなかった。お母さん、里奈、私もじきそちらに向かいます。


 しかし、そんな瞬間はいつまで経っても訪れなかった。代わりに聞こえてきたのは、ピシュン、という軽い銃撃音と、キイッ、という怪物の悲鳴、それに後方で薬莢が落ちる高い音だった。

 銃撃音は連続する。振り返れば、私たちの正面から迫ってきていた怪物が、次々に頭部を射抜かれていくところだった。


「伏せるんだ、二人共!」


 その輝流の声に、私はようやく身に迫る危険性を察知した。この銃撃は、遠距離からの狙撃だ。そんな弾丸が空を斬る中、突っ立っているのは危険なことこの上ない。

 私はその場で転がるように倒れ込む。健太はと言えば、輝流に引っ張り倒されていた。


 横たわりながらも、私は目の前にあったアスファルトの破片を手にした。急回転をかけるように、横向きに放り投げる。すると、まだ迫ってきていた怪物の脚部が一斉に切り裂かれ、あたりは青黒い血で染められた。倒れ込んだ怪物たちもまた、頭部を弾き飛ばされていく。


 怪物の襲撃が落ち着いたところで、私は仰向けになって上半身を起こした。その視線の先には、雑居ビルの屋上に寝そべり、狙撃銃を構えている人物の姿がある。


「あ、東間准尉……」


 彼は私が見ている先で、弾倉を交換し、近くの家屋の屋根を段々と飛び降りて着地した。

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