第7話~接近~

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、無情にも別れの時間ときを告げる。

 店を出たところでお会計をしながらスタッフと談笑している彼を見て、もうこの人と会う事は叶わぬ願いなのだろうかとふと頭を過り、気持ちが少し落ち込んだ。


「ありがとう、ご馳走様」


 スタッフへの気遣いも忘れず、鼻にかけるそぶりなど一切ない彼は、きっとここの上得意であるに違いない。現に、シェフまでもが彼を見送りに出てきて居るのだから。

 そのシェフと二言三言言葉を交わした後、叶子の方をチラッと見た。途端、「じゃ」と話を切り上げ、スタッフ達に手を上げながら待たせている彼女を気にかけるかのように走って戻ってきた。


「ごめん、お待たせ」


 叶子は頭を左右に振る。


「あの、本当にお支払いしなくていいんでしょうか?」


 かたくなに自分が払うと言う方が相手に失礼だと感じ、控えめに尋ねる。しかし、返ってきた言葉は思っていた通りのもので、


「うん、勿論。女性にお金を使わせるなんて、僕のモットーに反するからね」


 そう言ってウィンクをして見せた。

 その口ぶりからして、今まで数々の女性を虜にしてきたであろう事はいとも簡単に推測できる。微妙な気分にさせられながらも、叶子は無理に笑顔を見せた。


「では、お言葉に甘えて……。有難う御座います」

「どういたしまして」


 ニッコリと微笑んだ彼はとても満足している様子だった。








「本当に送らなくていいの?」


 正面玄関から出て、冷たい風にあたる。ジャックはコートに袖を通そうとする彼女にさりげなく手を貸した。


「あ、はい、すぐそこなので」

「そっか」


 叶子が両手を伸ばし、コートの中から長い髪を出す。後ろに立っていたジャックに彼女の髪の香りがふわっと漂った。


「――」


 ジャックは自然と伸びた手を、慌てた様子で止める。軽く握りこぶしを作り自身の手をじっと見つめた。


(何、考えてんだ……?)


 握りこぶしを見つめて居るところにくるりと振り返った彼女の頬は赤く火照っていて、酔っているのだと誰もが推測できるだろう。本当にこんな状態の彼女を一人で帰らせていいのだろうか。一度断られた手前、気にはなるものの、しつこいと思われてしまうのでは無いかと頭を悩ませていた。

 どうするかはっきり決め兼ねていると叶子が別れの挨拶を始めてしまい、ジャックは結局言い出すことが出来ずに居た。


「あの、色々とありがとうございました。……じゃあ私はこれで」


 深くお辞儀をする。すぐに背中を見せるのは失礼だと思ったのか、ジャックに視線を向けながら駅へと向かう道を歩き出した。

 見るからに危なっかしいその足どりに、思わず手が伸びそうになる。


(危なっかしいなぁ。やっぱりしつこいって思われるのを覚悟でもう一回言おうか)


「あのっ……?」


 予感は的中し、後ろ向きで歩いている叶子は側道に駐車していた車のドアが突然開いた事に当然気付いていない。


「――危ない!」

「え? ……きゃっ! ――っ」


 考えるのが早いか行動に移すのが早いか。気付けばジャックは彼女の腕を掴み、ぐっと自分の胸元に抱き寄せていた。

 華奢な身体がフワッと彼の胸に吸い込まれ、彼女の腕は頼りなくただぶら下がって居た。


 車中から出てきた人物は彼がじっと睨み続けているのにも気付かず、足早にホテル内に消えていく。

 思わず“チッ”と舌打ちをする。腕の中にいる叶子へと視線を落とすと真っ赤になっているのがわかり、慌てて手を離した。


「ああ、っと、ごめん」

「い、いえ、私の方こそ! ボーっとしちゃって」


 一歩下がり俯いている彼女は、先ほどより明らかに赤くなった顔をしている。持って行き場に困った手をポケットに突っ込んでいるジャックも又、照れくさそうに鼻を擦った。


「あの……、やっぱり危ないから送らせて?」


 叶子は小さく頷いた。



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