未来への羽音〜ぷち王様とケーキの物語〜

第38話

 夏の暑さに包まれる日曜日。

 テーブルに並ぶ料理の数々と色鮮やかな飲み物。まかろんはうすの店主ミントは、千歳が持ち込んだおにぎりを食べ満足げに笑っている。


「いいですねぇ、母の味というものは。どうでしょうココ、ここでもランチメニューとしておにぎりを」

「ミント様、さりげなく駄洒落を言ったでしょ‼︎」

「なんのことでしょう? ……ココの名前と『ここでも』の『ここ』。……ぷっ……はははっ」

「ミント様っ‼︎ 仕事してください‼︎」

「ココ姉様、今日はお仕事じゃないってば。由希が言ってくれたよ。みんなで楽しもうって」


 ルキアはふたりを見上げ笑っている。彼らを眺めながら、ジュースを飲む由希と和也。


「由希、あいつらほんとにうさぎが化けてるんだよな?」

「うん、ココが言うにはミントは真っ白なうさぎなんだって。ココは金色がかった茶色で耳が垂れてるみたい」

「……俺が可愛がってたうさぎも耳が垂れてたんだよな。うさぎに戻って、耳触らせてくれないかなぁ」


 声を弾ませる和也のそばで、何かを探すくるみと彩音に気づいた由希。ふたりはテーブルの下や、集まった人々の足元を見回している。


「佐藤、どうしたの?」

「モカちゃんがいなくなっちゃって」

「モカが?」


 くるみの返答に由希は眉をひそめる。トイレ事情の次は行方不明。

 モカはいつまで苦労をかけ続けるのだろう。


「外に出ちゃったのかな」

「くるみったら。ドアを閉めた時には抱っこしてたじゃない。出るはずないでしょ」

「モカちゃんは魔法使いだよ? ドアをすり抜けて迷子になっちゃったんじゃ」


 ふたりに近づいたルキアが、にこやかな顔でミントを指さした。ミントに隠れるように立つルキアより幼い男の子。大きな赤い目が、恥ずかしそうにくるみを見つめている。


「もしかして……モカちゃん⁉︎」


 くるみの声に顔を真っ赤にする男の子。目を丸くする由希と、男の子の頭を撫で穏やかに微笑むミント。


「どうしたんだモカ。僕の力で人間ひとの姿になった。今日は思う存分、あの子と話せるんだよ」

「でも……なんだかドキドキしちゃう」


 舌ったらずな声でモカが呟いた時だった。『由希ちゃんの物語をみんなで回し読み‼︎……と言いたいとこですが』と声を張り上げた春奈。由希は顔をひきつらせたが、誰もが笑顔に包まれる中声を荒げることは出来ない。

 和也もゴクリと息を呑む。


 ——少し前のこと。

 くるみと対面した春奈は、大粒の涙を流し皆を驚かせた。子供の頃に出会って以来、会えることを熱望していた少女。感激の涙……本来ならそれは、誰もが心を打たれるものであるが。

 くるみを紹介される直前まで、爆盛りケーキパフェ(彼女のために作られた一品)を食べていた春奈。

 驚きと喜びに包まれた春奈の、頬についたクリームが涙に濡れ溶ける光景に、皆が言葉を失った。絶対的な味方であるはずの母凛子さえも。


 春奈は何を語るつもりなのか。

 由希が緊張に包まれる中、彼女は晴れやかな笑顔で口を開いた。


「弟が生んだ大切な物語。みんなが一緒に、感じたことをわかちあえればいいなと思ったんですが。誰か代表して読んでくれませんか?」


 春奈の提案にざわつく店内。

『姉貴が読めばいいだろ』と毒づく由希のそばで手を上げた彩音。


「くるみがいいと思うな。松宮君と一緒に作ってる物語なんだから」

「ちょっと、彩音ちゃん」


 顔を赤くしたくるみに皆がクスリと笑う。皆から離れ、サンドイッチを食べていたブン太も『それ、賛成しとくかな』と声を上げた。彩音の腕を掴み首を振るくるみ。『それじゃあ』と彩音は微笑みモカに手招きする。


「大好きなくるみちゃんが困ってるの。代わりに読んでくれる?」

「そっそんなの無理だよ‼︎」


 モカは涙目になりミントにしがみつく。『宮野さん、確信犯だな』と和也がポツリ。


「ボク漢字とかわかんないし」

「宮野……あいつ舌ったらずだし、何言ってるかわかんないと思うけど」

「松宮君の意見は却下。くるみ? 可愛いあの子を助けてあげなくちゃ……ね?」


 泣きだしたモカを見て、くるみは意を決したようにうなづいた。大好きな少女が弟の物語を読んでくれる……春奈の目に再び滲む大粒の涙。


「それじゃあ、私が読ませてもらいますね。皆さん、物語を楽しんでください……ぷち王様とケーキの物語」


 皆がくるみを囲うように近づいてくる。柏野杏子の笑顔がくるみに落ち着きを呼び寄せた。


「小学生の健太君は、晴れた空の下をトコトコ歩き。夏休みの宿題、自由研究を何にしようかと悩んでいる健太君。


「困ったなぁ、何を研究すればいいんだろ?」


 ママが買ってくれたケーキを思いだした健太君。苺のショートケーキとチーズケーキ。大好物のどちらを先に食べようか。


「ケーキを食べたら考えよっと。夏休みは始まったばかりだもん‼︎」


 家に向かい歩き始めた健太君……だったけど。


「ぎゃああああっ‼︎ たっ助けてくれえぇぇ‼︎」


 助けを求める大声に、足を止めた健太君。振り向いて見えたのは、健太君に向かって走ってくる金ピカのぷち王様と、ぷち王様を追いかける1匹の子犬。

 キラキラ金色の冠とマント。フワフワ金色の髪とモコモコ金色の髭。モンブランケーキみたいな姿に、まぁるくなった健太君の大きな目。


「モンブランケーキが……走ってる」


 息を切らせたぷち王様が、健太君の靴にしがみつき子犬は諦めたように走り去った。


「た……助かった。人間界にやって来るなり、あんな化け物に追いかけられるとは」

「あれ、子犬だよ」

「子犬くらい知っておる‼︎ 私より大きな動物など、化け物と同じではないか‼︎ ……腹が減ったな。庶民よ、何か食べるものはないか?」

「え?」

「久しぶりに走ったのでな。すぐに食事の準備を頼む」

「そんなこと言われたって何もないよ。……あっ、そうだ」


 モンブランケーキみたいなぷち王様が、ケーキを食べるのって面白そう。これ、自由研究にならないかな?


「何を食べさせても文句言わない?」

「なんでもいいから食事だ食事‼︎ 私は腹が減ったのだ‼︎」


 プンプン怒りのぷち王様を、両手で包んだ健太君はニコニコ笑顔。


 ***


 ぷち王様を連れて帰った健太君。

 ぷち王様に差し出したのは、小さく砕いたケーキと冷たい紅茶。


「なんだこれは?」


『ケーキだよ』という健太君と『け〜き?』と首をかしげるぷち王様。美味しそうにケーキを食べる健太を真似て、ぷち王様もケーキをパクリ。


「うっ美味い‼︎ け〜きだと⁉︎ け〜きとはなんなのだ‼︎」

「甘くて美味しいおやつ。……あれれ? 王様なのに、ケーキを知らないの⁉︎」

「しっ知っておるわ‼︎ け〜きくらい‼︎」

「じゃあなんで、ケーキのこと聞くの?」

「ぐっ‼︎」


 顔を真っ赤にしたぷち王様を見て、クスクス笑う健太君。


「怒らないでよ王様。ケーキはとっても美味しいね。ほら、一緒に食べようよ」

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