第37話

 佐藤くるみが黒うさぎと過ごす日々は、不思議さと温かさに包まれている。黒うさぎの可愛らしい仕草に微笑みながらくるみは願う。


 松宮由希。

 彼の名を呼び笑いあえる日を。


 🧩🧩


 日曜日の午後。

 くるみは母千歳と共に公園のベンチに座っていた。

 両親が出会った公園。ここは小さな頃松宮由希とお弁当を食べ、宮野彩音と出会ったくるみにとっても大切な場所である。

 ふたりが待つのは、くるみが世話になった看護師 丸美杏子まるみあんこ。数日前の夕飯時、杏子はどうしてるだろうとくるみは言った。

 くるみが覚えていることは、絵本の話をしたことと退院した日、彼女が折り紙で作ったクローバーをプレゼントしてくれたこと。クローバーの隅に書かれた【また会おうね】というメッセージ。

 千歳が病院に電話してみると、杏子は結婚し妊娠を機に退職したとのことだった。2日後の夕方、杏子が電話をくれたことに、驚きながらも喜んだくるみ。くるみのことを覚えていた看護師が、杏子に連絡してくれての電話だった。柏野かしの姓となった、杏子の幸せそうな声に心を弾ませながら、くるみは話せるだけのことを話した。

 退院してからの日々の中、巡り会ってきた喜びと悲しみを。杏子を困らせながらもくるみを助けてくれた、松宮由希と同じクラスになったことを。


『由希君かぁ、彼は元気なのかしら。主人に由希君のことを話したことがあるの。看護師としての私を変えてくれた男の子。……今だから言えることだけどね、あの時の私は仕事に嫌気がさして辞めることばっかり考えてた。由希君を見てるうちに、看護師を目指した頃の想いが浮かんできてね。なんて言うか……夢を叶えたいっていう、ドキドキに包まれた想い。そうそう、主人とはあの病院で出会ったの。大きな声では言えないけど、患者さんだったんだ』


 杏子からの『会いましょうか』という提案を千歳も喜んだ。くるみが退院するまで、親身になってくれた看護師とまた会える。


 初夏の鮮やかな緑の風景。

 通り過ぎていく人々を見ながらくるみは思う。彼らの笑顔を生んだ様々な出会い。未来を照らす温かな光が、いつまでも輝いていればいいと。


「由希君と凛子さんに会えて、いろんなことが変わったわね。会えてなければ今どうなってたのかしら」

「わかんない。でも彼と会わなければ、杏子さんを待つ今日はなかったんじゃないかな」

「由希君と話せるようになって楽しい? ……小さな頃のように、由希君とお弁当を食べれたらいいんだけど。帰ったら凛子さんに聞いてみようかしら」

「それならお母さん。彩音ちゃんと彼の友達も呼んでいい? 彼の友達……和也君っていうんだよ」

「いいわよ。大人数で食べるの楽しそうだもの。ねぇ、主人も誘ったら来てくれるかしら」


 近づいてくる女性ひとを見て、くるみは嬉しそうに微笑んだ。小さな頃親しんだ看護師……


「くるみちゃん、千歳さん」


 満面の笑みを浮かべる柏野杏子。

 ぷっくりな見た目と、ふたりへの親しげな光が宿る大きな目。当時と変わらない姿に千歳は微笑む。


「こんにちは丸美さ……じゃなかった。今は柏野さんだったわね」

「いいんですよ千歳さん。私が丸美姓の頃に出会ったんですから。くるみちゃんは、あいかわらず可愛いままね」


 くるみと杏子は顔を見合わせ笑いあった。千歳は空を見上げ、眩しい陽射しに目を細める。

 くるみと千歳にとって、幸せと苦しみが混じりあっていた場所。苦しみが遠ざかったここにあるのは、晴れやかな笑顔と未来を待ち弾む心。初夏の風に包まれた心地いいひと時が流れていく。


「杏子さん、今お母さんと話してたの。みんなでお弁当を食べようかって。杏子さんも一緒にどう? 杏子さんの大好物、いっぱい作ってあげるから‼︎」

「いいの? それじゃあ、息子も連れて来ようかな。いたずらっ子で困ってるし……由希君に、爪のアカを飲ませてもらわなきゃ」


 くるみ達の弾むような笑い声が、公園に響き渡っていく。約束と繋がりが紡がれていくこの世界は、限りなく不思議で……温かい。





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「聞いてモカちゃん。日曜日にね、まかろんはうすにみんなが集まるの。彼が書いた物語をみんなで読むんだよ。私が挿絵を描いたら、またみんなで集まるんだけど……モカちゃんはもう知ってるよね」


 学校から帰るなりくるみは声を弾ませた。ピクピクと動く、黒うさぎの耳を見ながらくるみは笑う。


「お店貸し切りにしてくれるんだって。モカちゃんのお父さんってどんな人だろう。ルキア君に会えたらお話出来るかな。そうだ、モカちゃんも一緒に来る?」


 くるみの提案に、黒うさぎは嬉しそうにくるくると跳ねる。ゲージの扉を開けると、黒うさぎはくるみの膝の上に飛び込んできた。


「彼とお父さんに会えるのが嬉しいんだね。ねぇ、お父さんの魔法で人の姿になれるかな。そしたらモカちゃんといっぱい話せるし……楽しみだねモカちゃん。みんなで楽しい時を過ごすんだよ。彼が教えてくれたの。主人公はね、小学生の健太くんだって」


 黒うさぎの赤い目がキラキラと光輝く。黒うさぎの体を撫でながら、くるみは彼が言ったことを思いだした。


『子供が日々の中で見つける魔法を、物語にしたいなって思ったんだ。『この世界にはいっぱいの魔法がかけられてる。魔法は何かを変えたり動かすだけじゃない。包み込む優しさや心を温める何かも魔法』……八重婆ちゃんが教えてくれたことを踏まえながら、僕は僕の世界を作りだしていく。誰かが何処かで、魔法を見つけるきっかけになればいいなって……思うんだ』


 窓の外を染める夕陽。

 夕陽に照らされた世界には、どれだけの夢と魔法が隠れているのだろう?



 くるみは微笑む。

 彼の夢に寄り添える幸せの中で。

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