第32話

 何も食べないモカと、どうして食べてくれないのかと悩む佐藤。佐藤は夢にも思ってないだろうな。連れて帰ったうさぎがトイレ事情で悩んでるなんて。


「息子が野菜嫌いを克服するいい機会だと思っていましたが。僕の息子でありながら、モカがこれほど繊細だったとは」

「……ミントの力で、モカの様子を見れるのか?」

「いえ……弱った姿を見られるのを、息子は嫌がると思います」


 ミントがリュックに入れた飴玉。

 もしも本当に、食べることに困ったモカのために入れたものだったとしても、何も知らない佐藤はモカに与えようとはしないだろうな。

 ミントは眉間にしわを寄せ黙り込んでしまった。


「あのさ、ミント。佐藤がモカを連れて帰るのを見てたんだよな? 引き止めようと思わなかったのか?」

「息子が成長するための大冒険。僕は由希君が連れて帰ることを想定していましてね、何がなんでも由希君に連れて帰ってもらうつもりだったんです。ですが彼女の心の色は綺麗で……モカも、彼女の心の色が気にいったようでしたので」


 振り向くと和也が心配そうに見つめている。和也を待たせる訳にはいかないな。


「モカの事情はわかったよ。僕がなんとかする」

「悪いですね由希君。息子と君の成長を見守るはずが……思わぬ形で君に迷惑を」

「……佐藤と話せてなくてさ。モカのトイレ事情に背中を押されるなんて思わなかったよ」


 彩音の怒りに向き合いながら佐藤と話すこと。モカのことも月の住人のこととも話すんだけど……最初に話すのがモカのトイレ事情だなんて。

 だけど泣かせたことを謝る前に、不思議なことを話す前に……佐藤の笑顔が見れるかもしれないな。

 小さな頃、会えなくなる前に見た佐藤の笑顔。

 お弁当を食べ終えて、ぷち王様のことを話していた佐藤は楽しそうだった。記憶を飲み込まれなければ……ぷち王様の物語は、僕と佐藤が小さな頃に生まれていたのかもしれない。


「松宮、話は終わるのか? そろそろ学校行かないと」

「ごめん、和也。今行くよ」

「行ってらっしゃい由希君。息子のことよろしく頼みます。……もうすぐ彼にも会えますからね」


 ……彼。

 ルキアのことか。

 うなづいて、和也に近づいていった。

 考えるよりも動かなきゃ。

 動くことで流れは変わっていくから。変えていける何かが……きっとあるから。


 ありふれた瞬間ときの中に、僕とみんなの奇跡の種が芽吹いていくんだ。


 🧩🧩



 ——まかろんはうす・店内——



「ミント様ったら、寝巻きのまま何をしてるんですか‼︎」


 店内の掃除をしていたココが、ミントに気づくなり大きな声を上げた。ココの大きな目に浮かぶ呆れの色。その原因はミントの寝巻き姿とボサボサの髪だろうか。


「おはようココ。朝早くから仕事熱心ですね」

「お客さんが喜んでくれるのが嬉しくて。地球に降りてきた時はドキドキしてたけど、ミント様……人間界は楽しいことがいっぱいね。八重ちゃんが人間ひとになりたかった気持ちがわかるかも。それでミント様、寝巻き姿で外に出たのはどうして?」

「通学途中の由希君が見えたのでね。ココ……朝の空気はいいものです。これからは早く起きて、朝の散歩を楽しむことにしましょうか」

「……ミント様? 由希とお話したの?」


 ココのそばに立つ少年が、ココのエプロンを掴みながらミントを見上げている。艶やかな黒い髪と、幼くも由希と同じ顔。


「えぇ、ルキア。どうですか……僕が生み与えた体は」

「うん、すごく気に入ってる。人間ひとの体だけじゃない、ミント様とココ姉様と同じに……うさぎにもなれるなんて」


 由希と同じ顔に浮かぶ笑み。ルキアの白い頬が微かに赤く染まるのを、ミントは穏やかな目で見つめている。


「逆ですよルキア。僕とココの本当の姿はうさぎ。魔法をかけて、人間ひとの姿になっているだけです」

「うん。だけど夢みたいだ。ミント様……いつか僕も、月の世界に行っていいの? ミント様とココ姉様と一緒に」

「ルキアったら、私のことはココでいいのよ? いつまで姉様って呼ぶつもりなの?」

「で……でもっ‼︎ ココ姉様は僕よりもお姉さんだし」


 顔を真っ赤に染めたココが、助けを求めるようにミントに歩み寄っていく。ふわふわツインテールの髪が揺れるのを、ルキアは不思議そうに見つめながらココを追いかけた。


「ミント様も言って? 私ずっとひとりだったし、姉様なんて呼ばれるの……なんだか恥ずかしくて」

「すぐに慣れますよココ。……どうです、ルキア。パズルの中の彼女と話せるひと時は?」

「楽しいよミント様。お婆様と約束したの。由希が行きたがっていた、クマのピーターの世界に行くって。それからね、由希の夢を応援するために……色々な世界に行ってみたいんだ」

「そうですか。……僕は君に、幼い子供として新しい体を与えました。これから君は長い時の中で成長していく。いつか僕達と月の世界に行ったあとも、この地球ほしで生まれ続ける夢を見届けていきましょう」


 ミントの微笑みを前にルキアはうなづいた。ルキアが握りしめた光輝く回転パズル。


「……そうだココ。由希君は笑うと思いますか?」

「何がです? ミント様?」

「由希君がモカと出会った時。店の前で踊っていた、ぬいぐるみが僕だったと知ったら』


『はははっ』とミントは愉快そうに笑った。リュックサックを背負った黒うさぎと出会った少年。彼らの様子をミントは店の前で見つめていた。

 モコモコうさぎのぬいぐるみ姿で踊りながら。


「ミント様ったら。由希君が笑う前に自分が笑ってるじゃない。ルキアは信じられる? ミント様が月の世界1番の魔法使いだなんて」

「うん、ココ姉様」


 ココの問いかけに、ルキアは大きくうなづいた。由希と同じ顔に浮かぶ楽しそうな笑顔。


「ミント様は最高の魔法使い。ありがとうミント様……僕は、由希の中にいたから……この幸せに巡り会えたんだね」


 壁に飾られた数枚の絵。

 それは由希の祖母が描いた温かく優しい世界。幸せが繋がり紡がれていく世界の中で、彼女の絵は光輝いている。

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