第30話

「よかったぁ、由希ちゃん待っててくれた」


 人を待たせといてよかったじゃないだろ。姉貴の満面の笑みを前に漏れるため息。空になったペットボトルだけど近くにゴミ箱がない。


「時間厳守って言っといてどれだけ待たせるのさ」

「怒らないで由希ちゃん‼︎ これはね、彼氏彼女ごっこってことで」

「ごっこ……って何?」

「だからね? 待たされながらも怒らない彼氏君の優しさ。待たせたのに怒られない彼女の幸せ感を、フリーのうちに想像したくてさ」

「またくだらないことを」

「くだらなくないよっ‼︎ 由希ちゃんも年頃だし、気になってる子とかいないの?」


 日曜日の午後。

 駅前を賑わす人混みの中、同級生の姿を見ないことに安心する。見られて困ることはない。だけど一緒にいるのが姉貴ってだけで人の目が気になる。


「由希ちゃんってば怒りんぼなんだから。和也君と女の子のこと話したりはするんでしょ? ちょっとくらいは話してること教えてほしいなぁ」

「それより店は? 早く行こうよ」

「話そらしちやって。くるみちゃん今どうしてるんだろう。くるみちゃんに会えれば、由希ちゃんも変わるかもしれないのになぁ」


 口を尖らせながら歩きだした姉貴のあとを追う。1度会っただけなのに、姉貴は佐藤を気にいってるみたいだな。気にいってる理由のひとつは、スイーツを思わせるくるみって名前なんだろうけど。

 やっぱり……同じクラスだなんて知られる訳にはいかない。


「由希ちゃんもくるみちゃんに会いたくない? 思いだしたんならさ、あの子どうしてるだろうとか思って、会いたいなあってなるのが年頃の」

「小さな頃のことじゃないか。僕のことなんて、覚えてないと思うけど?」

「そうかなぁ。くるみちゃんもお婆ちゃんの絵本読んでたみたいだし? ……あ〜あ、何処からかくるみちゃんが落ちてこないかなぁ」


 落ちてくるって誰がどうやって。

 歩きながら空を見上げた姉貴。ズッコケたって助けてやらないからな。

 すれ違う見知らぬ人達。

 小さな女の子が僕を見上げにっこりと笑った。


 遠のいたあの日。

 佐藤の笑顔と、おにぎりを食べ終えた彩音。千歳さんのサンドイッチが美味しくて、夢中になって食べていた僕のそばで、佐藤と彩音は少しずつ話だしていたように思う。

 僕が佐藤と会った公園でのひと時。

 それは佐藤と彩音が出会った時でもあり、あの日から続いているはずだった僕達の繋がり。

 事故に遭い、絶望の闇に記憶を飲まれてしまった。僕がいなくなった日々の中で、佐藤と彩音は絆を深めていたんだな。

 佐藤は僕の記憶が戻るのを願い、彩音は佐藤を励まし続けてた。

 彩音の怒りは、佐藤と紡いできた繋がりの強さでもあるんだ。


「着いたよ由希ちゃん。……着いたんだけど」


 足を止めた姉貴のあからさまな沈み声。

 姉貴の背中越しに見えた、ドアにかけられた《close》というプレート。その下に貼られている【店内改装、臨時休業のお知らせ】。


「よりによって改装だなんて‼︎ 由希ちゃんに食べてもらうの楽しみだったのになぁ、チョコバナナプリンとイチゴクリームのドリームパフェ特盛り」


 名前を聞くだけで胸焼けしそうなパフェ。スイーツ命な趣味にとやかく言う気はないけど、ちょっとくらい食べ飽きたりはしないのかな。


「それとね、由希ちゃんが食べれたらもうひとつのオススメがあったの。フルーツ盛り盛りアイスクリーム‼︎」


 姉貴のブラックホールな胃袋についていける奴なんていないだろ。そういえば午前中は、スイーツバイキングに行ってたんだよな。


「由希ちゃん覚えてる? 由希ちゃんが小学生になった頃、お母さんと私と3人でデパートに行ったんだけど。あの時ね、由希ちゃんはチョコレートパフェを食べたんだよ。怒りんぼの由希ちゃんが、私と同じパフェを注文して美味しそうに食べてたの。嬉しかったなぁ……私、由希ちゃんに嫌われてるんじゃないかって思ってたから」


 僕に背中を向けたままの、姉貴の声は懐かしい記憶を呼び寄せる。

 入学式から数日後のことだった。 初めて食べたパフェだと思う。カットされたバナナの群れの中に、イチゴを見つけた時のドキドキ感。


「今日もね、誘ってはみたけど由希ちゃんは断るかなって思ってたんだ。だけど由希ちゃんは約束してくれて、今も帰らずにいてくれる。私が空回りしてもへこまずにいられるのは、由希ちゃんの優しさがあるからなんだよ」


 姉貴が首を回しコキコキと音を立てる。食べることばっかりで、体を動かすことに縁がなさそうだよな。そういえば姉貴の趣味……スイーツ命ってことしか知らないな。


「ごめんね由希ちゃん。お店がお休みなのは予想外だったけど、また空回りしちゃって」

「別に? 他の店でもいいんじゃない?」

「……由希ちゃん、無理せず帰ってもいいんだよ?」

「僕が食べたいのはご飯もの。姉貴こそ、ご飯が嫌なら帰ればいいだろ」

「やな訳ないじゃない‼︎ 由希ちゃんと一緒に食べれるならご飯でもいいよっ」


 振り向いた姉貴の満面の笑顔。一瞬……ほんの一瞬だけ、小学生の頃の笑顔が重なった。


「あれ? 由希ちゃん……笑った?」

「え?」


 姉貴の問いかけに首をかしげる。

 僕は姉貴のことで、笑ったことなんてないし笑うつもりもない。


「気のせいかな? そう見えたんだけど。……うん、気のせい気のせい。由希ちゃんは怒りんぼだも〜ん‼︎」


 僕の手を握って姉貴は歩きだした。

 通り過ぎていく人達の中に、同級生がいないことに安心する。姉貴と手を繋いでるなんて、見られたくないもんな。


「姉貴、僕が怒っても怒らないのはなんで?」

「由希ちゃんが可愛いから」

「何があっても、僕の味方なの?」

「あたり前でしょ? 由希ちゃんの絵本作家の夢だって、お婆ちゃんの分も応援してるんだからね」


 夢から覚めた日々の中、新しい何かが見つかり続ける。

 現実は何処までも眩しくて……眩しさの中で、僕達は生き続けてるんだ。


 佐藤と物語を生みだすことが出来たら。姉貴に1番に読んでもらおうかな。スイーツ命の姉貴はどう思うだろう。モンブランケーキみたいなぷち王様の物語を。

 佐藤と同じクラスってことは、その時まで絶対に言えない。



 佐藤と話さなきゃ。

 彩音の怒りを受け止めながら。

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