第28話

 僕が願うままに世界を回転させるパズル。見ることも知ることも出来ない世界に行けるもの。想像だけでは描ききれない世界がある。

 ひとつひとつの世界を知り、八重婆ちゃんのように描くことが出来るなら。

 だけど世界を知るきっかけは、僕ひとりが作りだすものじゃない。


『ルキアはもうひとりの僕。ルキアの願いにもパズルは答えてくれるよね? 八重婆ちゃんと巡る世界……ルキアにはどう見えるかな』

『由希……ピーターに会いたいでしょうに』

『うん。……会いたいな』


 八重婆ちゃんの絵本で出会ったクマのピーター。泥だらけになった姿を悲しみながらも、何も言わず笑っているぬいぐるみ。

 ピーターと仲間達の世界はどうなってるんだろう。ピーターの悲しみは癒されているのか……住人の誰かが、ピーターが語る声を聞いているのかを知りたい。

 だけど……


『……ルキアを連れて行ってよ。ピーターのことも、どんな世界だったかもルキアが教えてくれる。もうひとりの僕と話すことから、生まれてくる物語があるんじゃないかな』

『そうね……ふたりの由希が紡ぐ世界がある。ミント様の力で人間ひとになってから……夢のような奇跡が続いている』

『八重婆ちゃんと話せた。モカが現れて……僕は、幸せな夢が見れたんだ』

『天国の私も喜んでいるかしら。不思議ねぇ……私の少しだけの命がパズルの中で生きているなんて。いつか私が眠りについたあとも、パズルは生き続ける』

『八重婆ちゃんの想いを、僕とルキアが受け継いでいくよ。僕とルキアの想いも未来に受け継がれていく。八重婆ちゃん……生きることは、奇跡でいっぱいだね』

『えぇ、地球は奇跡の星。夢のような奇跡に惹かれて、私は人間ひととして生きたいと思ったのよ』


 奇跡という響きがこの日、僕の心に高鳴りを呼んだ。僕達は終わらない奇跡の中で生きているのだと。

 何処からか響いた子供達の声が、呼び寄せたのは和也と佐藤のことだった。僕が教室に戻らなかったことをふたりはどう思っていたのか。

 佐藤を悲しませたままの罪悪感と、明日への不安が僕の中を巡りだしていた。


『まいったな、明日のこと考えたら気が重くなってきた。先生に叱られるかもしれないし、佐藤と話せるのかな』

『話さなくちゃね。モカの名前を教えてあげるのでしょう?』

『うん。……だけどいいのかな、モカが佐藤の家にいても。あんなでも魔法使いだし……ゲージに入れられたら可哀想な気が』

『由希、冒険にはまさかがつきものよ?』


 八重婆ちゃんの声。

 聞けなくなるのやっぱり寂しいな。だけどもう……決めたんだ。


『ちゃんと話さなくちゃ。モカが魔法使いだってこともルキアのことも。彼女は信じてくれるんじゃないかしら。忘れてたんじゃなく……記憶を飲み込まれていたことを』

『……そうかな』


 ドアが開いた音と『由希君、ハーブティーです』というミントの声。


『ありがとう、ミント』


 トレイに乗せられていたのはティーカップだけじゃなかった。一緒に運ばれてきたパステルカラーのマカロン。


『ココが喜んでいましたよ。由希君に褒められたって』


 ミントに呼ばれるままテーブルに近づき椅子に座った。向かいに座ったミントを前に吐きだした息。


『……あのさ、ミント』

『なんです?』

『……これ』


 テーブルに置いたパズル。

 ミントは僕とパズルを交互に見つめ、何かを察したようにうなづいた。


『ルキアに……ですか?』

『うん』


 丸みのあるパズルはマカロンに似ている。ミントがマカロンを持ってきたのは、僕が考えたことに寄り添うためだったのか。この時はわからなかったけど、数日過ぎた今はそうだったんだと思う。

 長く生きているだけ、ミントには考えて感じるものがあるだろうし。

 あるいは……僕の想いを読み取ったモカが、ミントに知らせたのかもしれないな。


『気を失っていた時のこと……まだ信じられないんだ。だけどルキアの想いはわかる気がするし、立場が逆だったとしても……ルキアもこうするんじゃないかな』

『後悔しませんか? 手放してしまえば、彼女の声を聞くことは出来ないでしょう』

『いいんだ。後悔なんてしないよ』


 幸せなまま迎えたひとつの別れ。

 それは寂しさが混じる温かさに包まれていた。


『……ミント。マカロンなんだけど、持って帰っていいか?』

『えぇ、構いませんよ』

『ありがとう。……姉貴への土産』

『春奈ちゃんですか。相変わらず甘いもの好きなのですね。そうそう、甘いもの好きはモカも同じです』

『え?』

『リュックに飴が入っていたでしょう? あれは食べるものがなかった場合にと、入れておいたものなのです。……冒険にはまさかがつきものですからね』

『まさかって、八重婆ちゃんと同じこと言ってる』


 僕の切り返しにミントは笑った。

 つられて僕も笑ったけど、1番の笑いのツボとなったもの。それは想像した飴玉を舐めるモカ。

 飴玉は舐めれば転がるだろうし、モカの奴ムキになって追いかけるだろうな。だけど飴玉を舐めるうさぎなんて聞いたことがない。


『……ミント、僕をからかってる? ほんとだとしても、息子を助けようと思わないのか?』

『ふむ、助ける……とは?』

『ゲージに入れられるんじゃないか? 佐藤に知らせなきゃ、モカは飴玉舐められないよ?』

『まさかという試練の中で成長する。息子が野菜嫌いを克服出来る、いい機会かもしれませんね』


 ***


 この日の夕方、家の前に和也が立っていた。僕に気づくなり和也は満面の笑みを浮かべ、鞄を投げ渡してくれた。


『お前どうしたんだよ、雅先生カンカンに怒ってたぞ?』

『どうしよう、明日雷が落ちるかな』

『ば〜か、雷を落とすのは上島かみしま先生じゃん。カンカン怒りは嘘……まぁ、呆れてはいたけどな。転校生も昼休みにいなくなったきりだったし』

『ごめん……心配かけて』

『いいよ、心配出来るのも友達の特権‼︎ また明日な‼︎』


 この日、寂しさを和らげてくれた和也の笑顔。和也を見送りながら、僕は届かない想いを空に放ったんだ。




 ……ありがとう、八重婆ちゃん。

 夢から覚めた現実の中で、僕は夢を……追いかけていく。

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