夢の終わり……それは、現実の続き

第26話

 回転パズルの力で、過去に行った日から数日が過ぎた。過去に向かい今に戻った日……それは僕を戸惑いと混乱で包み、同時に新しい風を呼び寄せた夢のような1日だった。

 巡る想いと記憶。

 それは紡がれ続ける繋がりと、流れゆく日々に散りばめられた夢の鍵になっていく。


 🧩🧩


 日曜の午後。

 初夏の気怠さの中、通り過ぎる人々を眺めながら思いを馳せる。

 過去の僕の中、ルナの力で気を失って……目を覚ましてからの出来事に。


 ***


 過去にいたはずの僕が出会った見知らぬ男。長く伸び結ばれた真っ白な髪と赤い目。僕を見て無邪気な笑みを浮かべている。


『こんにちは、由希君』


 男が僕を知っていることに驚いた。男と肩を並べ立っていたのは木野瀬ブン太。木野瀬の肩に軽々と乗っていたルナの、黒い目が僕をじっと見つめていた。


『起きたか、馬鹿宮』

『……木野瀬?』


 どうして木野瀬がいるのかと僕を包んだ戸惑い。

 過去の中で聞いた木野瀬の声。

 ここが何処なのか……僕が過去にいるままなら、木野瀬がここにいるはずはない。授業を受けている木野瀬が、どうして水色のシャツを着ていたのかも、この時感じた疑問だった。


『ニャーオ』


 起きろと言うようにルナが鳴いた。

 白で統一された家具と閉められたレースのカーテン。見知らぬ男と木野瀬、ルナのほかに見えたのは人形。

 人間ひとと同じ大きさ。黒いドレスと顔を覆う銀色の仮面。

 艶やかな黒髪の人形が、ソファに座るように置かれていた。


『木野瀬、学校は? ここは何処なんだ』

『学校? サボりに決まってるだろ、馬鹿宮もな』

『サボり?』

『由希君は、彼の力で帰って来たんです。ここは僕の部屋ですよ。部屋の向こうにあるのはまかろんはうす』

『力? まかろん……はうす?』


 男の話が呼び寄せた疑問。木野瀬の力って言われても、なんのことかわからなかった。月の住人が作った店にいるのは何故なのか。過去から戻ったなら、僕も木野瀬も学校にいるはずなのに。

 わからない中ルキアを思いだした。僕の記憶から生まれたもうひとりの僕。この瞬間、僕を支配したのはルキアと失われた記憶。


『ルキアッ‼︎』


 ルキアを探さなきゃって思った。同時に思ったことは、記憶を取り戻すためにどうしたらいいのか……ということ。


『木野瀬、ルキアを知らないか? お前僕を見てただろ?』

『思いだせることがあるんじゃないのか? 佐藤と出会ってから何があったのか』

『何言ってんだよっ‼︎ 僕の記憶はルキアになってて』


『……由希君、こっちこっち‼︎』


 佐藤の弾む声が僕の中に響いた。

 浮かび上がる晴れた空と鮮やかな緑の公園。噴水の前で手を振る千歳さんと佐藤。

 1日だけ入院した姉貴。母さんが千歳さんと、連絡先を交換しあって帰って来たのを思いだしていった。


『これ……僕の記憶か? どうして記憶が戻ってるんだ。何があったんだよ』

『混乱してるな。……教えてやれよ、親父さん』

『親父だなんてひどい‼︎ 僕にはミントという名前がですね‼︎』

『馬鹿宮。こいつ、臆病者の親父だぜ』

『モカの?』


 事態を飲み込めないまま驚きに包まれた。どうしてうさぎが人間ひとの姿をしてるんだと。


『ニャーオ』


 ルナが鳴いてから少しして、木野瀬の顔に笑みが浮かんだ。意地の悪さといたずらっぽさが混じる顔を前に続いた僕の困惑。


『……なるほどな。うさぎがどうして人間ひとの格好なのか、馬鹿宮はわからないみたいだぜ?』

『簡単な理由ですけどねぇ。うさぎの姿ではお店に立てないでしょう? お客様に逃げられてしまいます』

『だとさ馬鹿宮。それじゃ、何があったか教えてもらえよ。……このシャツ、返すのいつでもいいか?』

『木野瀬君、帰っちゃうんですか⁉︎

 困りましたね、僕は口下手なのに』

『ほざいてろ。馬鹿宮、明日学校でな。鞄は教室にある、朝慌てんなよ』

『ニャーオ』


 木野瀬がいなくなり訪れた静寂。

 相手がモカの父親とはいえ、僕から切り出せる話は何もなかった。


 ドアをノックする音。

 開かれたドアから顔を出した、ふわふわ金色のツインテールの女の子。


『ミントさま? 由希君は起きてるの?』

『見ての通りさココ。ほら、淹れたてのハーブティーを飲ませてあげよう』

『うんっ‼︎ ココの特製ミルク入りだよ‼︎』


 ココと呼ばれた少女が、軽い足取りで近づいてきた。湯気を立てる、トレイに乗せられたティーカップと僕を見る少女の目。


『八重ちゃんのお孫さんかぁ。うんっ、目と鼻が八重ちゃんに似てるかな?』

『ココ、僕は由希君と話すから……店は頼んだよ』

『任せてミントさま。またね、由希君っ』


 少女がいなくなり、ふたりだけになった部屋でミントは話してくれた。

 僕が気を失ってから起きた出来事と、木野瀬が絶望庭園で生まれた死なない存在であることを。ルキアを生みだした人物も死なない存在であり、彼が深い孤独の中で生きていることも。

 すぐには信じられない話だったし今もまだ信じられない。

 だけどまかろんはうすが現れ、回転パズルを手にした時から信じられないことは続いている。


『……由希君、大丈夫かい? ルキアは僕のそばで眠っている。ルキアが目を覚ます頃、君の心も落ち着きを取り戻してるかな』


 ミントの笑顔を見ながら、僕は取り戻した記憶を巡りだした。忘れてしまうまでの、温かくて優しい佐藤との記憶を。


 ***


『くるみちゃん、少しだけ外出出来そうなんですって。待ち合わせて、お弁当食べようか?』


 病院から帰ってきた母さんは、笑顔で僕に言ってくれた。姉貴は母さんのそばで僕を見ていたな。あの時姉貴が言ったことは……そうだ、『ごめんねゆ〜君。お母さんがどうしても、大食い対決しようって言うからぁ。私がいなくて寂しかったよね‼︎ ゆ〜君の寂しさより大食いを取っちゃうなんて……私の馬鹿馬鹿っ‼︎』だったっけ。


 姉貴が顔を赤らめたのは僕が笑わなかったからか。過去を見ていた中で、僕に怒られたショックからのやけ食いが、病院に運ばれた理由だったと知ったけど。

 この日から公園で会うまで、母さんが電話で千歳さんと話してたのを思いだす。母さんが教えてくれる佐藤のことを、聞いていた僕はいっぱいのワクワクに包まれてたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます