第25話

 虹色の光が僕を包み込む。冷たくて……冷たいのに、温かく感じるのはどうして?


「君の命を結晶に閉じ込める。自由になれる時を見届けたら……安心して眠るといい」

「眠る?」

「大丈夫よ、ルキア」


 僕を包む温かい声。

 聞こえないはずの声が聞こえる。


「お婆様?」


 どうして声が聞こえるんだろう。

 僕の腕は砕けて、パズルに届かなかったのに。


 ああ……そうか。

 腕のカケラがパズルを覆っている。体が砕けても、生きてるから聞こえるんだ。

 お婆様が話しかけてくれた。『大丈夫』って……僕に言ってくれた。

 砕けていく体と、満たされていく想い。お婆様と話さなきゃ。

 何を話そう?


「目を覚ましたら、どんなことも聞いてあげる。彼に任せて、ゆっくり休みなさい」


 お婆様。

 目が覚めたら、お婆様と話せるんだね。由希の中で話したかったこと聞いてもらえるんだ。


 リフに連れ戻されたら。

 僕は閉じ込められて、絶望庭園から出られなくなる。だけど……もう大丈夫なんだ。

 みんなが助けてくれる。

 お婆様がそばにいるから。

 目が覚めたら、由希と仲良くなれるかな? 由希……僕になった君の記憶が砕けちゃった。それでも君が、僕を受け入れてくれるなら。

 君の世界で一緒に生きていけるなら。


「由希君に、記憶を返してくれるかい?」

「記憶?」


 由希は取り戻せるの? 記憶は砕けちゃったのに。

 お婆様は月の住人から人間ひとになった。僕も人間になれるかな?

 由希と同じ顔が砕けていく。なくなる前に出来ることは……そうだ。


 笑うんだ。


 もうすぐ自由になれるから。

 僕を助けてくれるみんながいる。


 精一杯……笑わなきゃ。


「いいよ。由希に返してあげる」




 僕だったものが粉々になった。

 光に包まれた僕。

 ここは結晶の中なのか。由希の手に握られた結晶もの。閉じ込められてるのにわかる。

 あったかいな……由希の手は。


「月の住人が、いつまで馬鹿宮に取り憑いてるんだ?」

「やだなぁ君。僕は幽霊じゃありません」

「似たようなもんだろうが。あんたどうするつもりだ? あいつの腹わた煮えくり返ってるぜ?」

「そうですね……どうしましょうか?」


 魔法使いの楽しげな声に、木野瀬は呆れたように息を吐き出した。苦痛に顔を歪ませながらも、リフは立ち上がり魔法使いに近づいてくる。


「僕は思いのままの世界を作りだした。僕が望んだものの総てが……絶望庭園にある」

「そうでしょうか? だとしてもそれは、あなたが秘める恐れの証明です」

「恐れ? 僕が何を恐れてるというんだ。死なないことを? 世界を支配することを? 住人達に憎まれることを?」

「恐らくは、何もかもをです」

「……くだらない」


 吐き捨てるようにリフは呟いた。

 血に染まったリフを覆い尽くしていく暗闇。リフが浮かべた笑みは魔法使いに向けた皮肉なのか。


「絶望庭園から去った少年と猫。あなたが見守り続けたのは寂しさの裏返し。少しだけ、見方を変えてみてはいかがでしょう。……あなたの世界から旅だった彼らの幸せを、永遠とわに見守っていく奇跡がある。ひとりでもいい……家族が生まれるなら、成長を喜べる幸せがあるのです。僕は息子を旅に出させ、成長を楽しみにしています」

「何も出来ない臆病者が……旅に出て何になる」

「わからないことが旅ですよ。わかることは出会いがあること。新たな出会いのために……あなたはここで、ひとりの住人に別れを告げるのです」

「……臆病者と話すだけ時間の無駄だ」


 リフを覆った暗闇が霞んで消えた。僕に見えるのは、助けてくれたみんなと、温かくて幸せな由希の過去。


「終わったよ。……モカ」


 呟いた魔法使いと近づいてくる木野瀬。血に濡れた制服姿。悪いことしちゃったな、僕のせいで。


「変な奴だな。魔法使いらしく、魔法でなんとかしろよ」

「由希君に怪我させると息子に怒られるので。僕達親子は平和主義なんです」

「ふん、うさぎが何言ってんだか」


 木野瀬の呆れ気味な声が、落ちてきたものに遮られた。木野瀬の足元に見える黒い影。黒いドレスを纏う……姫君?

 

「壊れきった人形など、僕の満たされた世界に必要ありません。何処へなりとも行けばいい。どうやら僕は、未熟な住人を生み続けていたらしい。翔琉かけるという名は、僕が生む完全なる存在に与えましょう。この名を捨てたことを、君が悔いることを願いながら……木野瀬ブン太君」


 顔を覆う銀色の仮面。

 ひび割れた姫君の顔を、魔法使いが治してくれたらいいな。姫君の青い目はすごく綺麗なんだから。


「さて、木野瀬君。彼は去りましたし、由希君は記憶を取り戻せます。由希君の過去にいる必要はないのです」

「あぁ、それがどうしたんだ?」

「元の世界に帰るんですけど、君は暗闇を操れますね? 君と一緒に、由希君も連れて行ってくれませんか」

「は?」

「由希君は眠ったままですし、君はなかなかの人情家ですからね。ついでに、息子のそばにいる猫君も迎えに行ってはいかがでしょう? 行き先は僕達の店、まかろんはうすです」

「うさぎのくせに態度がでかいんだな。人をパシリみたいに……言っとくけど、ルナはメス猫」

「おやおや。君が好きなものをご馳走しますから、お願いしますよ」

「甘い物は苦手だ」


 由希の顔に浮かんだ無邪気な笑顔。

 記憶が戻ったら、由希はこんな風に笑うかな。彼女も小さな頃のように、由希のそばで笑えるんだ。




 眠くなってきた。


 目が覚めたら……僕も由希と一緒に笑えるんだね。僕は、お婆様が生きた世界で生きていけるんだ。



「おやすみなさい。……ルキア」



 うん……お婆様。

 僕が目を覚ましたら……いっぱい話そうね。

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