第15話

 母さんと姉貴の間を由希は歩く。土産は何かと騒ぐ姉貴をなだめながら、由希に微笑みかける母さんを見ながら思う。

 姉貴絡みの嫌な予感。

 何も起きないはずはなく、何よりここは由希の中で見てる過去だ。何が起きようと僕はどうするもことも出来ない。


「楽しみね由希。お婆ちゃん喜ぶわ」

「うんっ‼︎」

「私の楽しみはお土産っと。その袋いつもの和菓子屋さんでしょ? お母さん、私持ってあげる」

「そう? お爺さんからね、春奈にってお薦めがあるの。ケーキみたいで喜ぶんじゃないかって」

「ふうん? なんだろう」


 姉貴は受け取るなり、歩きながら袋を開け始めた。甘いものとなるとまわりが見えなくなるんだよな。

 花より団子、色気より食い気。

 これらは世界の誰よりも、姉貴のためにある言葉なんじゃないかって思うくらいに。


「春奈、由希に友達が出来たのよ」

「どら焼きと大福……ケーキみたいなのは〜」

「聞いてる? 由希を連れて行ってね」

「病院でしょ? 朝お見舞いだって聞いたけど、それがどうしたの?」

「だからね、そこで由希に友達が出来たの。女の子……春奈ったら聞いてないわね」

「聞いてるよ? 可愛い子がゆ〜君と……んんっ⁉︎ 可愛いって、ゆ〜君より可愛い子がいるの⁉︎」


 姉貴の手から袋が滑り落ち、どら焼きと大福がこぼれ落ちた。

 姉貴の反応……何?

 母さんは女の子って言っただけで、可愛いなんて言ってないんだけど。


「ちょっと待ってお母さん‼︎ ゆ〜君より可愛いってどういうこと?」

「春奈ったら。由希より可愛いんじゃないの。確かに可愛い子なんだけど、由希と仲良くなったのよ。春奈ったら、甘いものを前にすると何がなんだか」

「私を馬鹿みたいに言わないでよ。ゆ〜君に馬鹿だと思われるじゃない‼︎」

「春姉ちゃんっ‼︎ お母さんを困らせちゃ駄目っ‼︎」


 由希の大声に、姉貴は神妙な顔で黙り込んだ。しゃがみ込み、どら焼きを拾いながら『ごめんね』とポツリ。


「ゆ〜君を笑わせたいんだけどなぁ。がんばればがんばるほど、ゆ〜君が呆れ怒っちゃうのはなんでだろ。ゆ〜君はすごく可愛いから、ゆ〜君より可愛い子なんて考えられないんだよね。……怒りんぼのゆ〜君と仲良くなるなんて、どんな子なんだろ」


 姉貴の声がいつになく沈んでる気がする。僕が呆れてることや、怒られてることを自覚してるなんて初めて知った。


「お母さんから見てどんな子だった?

 ゆ〜君がくらくらしちゃう子だもん。ものすごく可愛いんだよね」


 僕がいつくらくらしたんだよ。

 絵本をきっかけに親しくなっただけで、疲れる姉貴だな……って……あれ?

 姉貴が食べ始めた……


「「どら焼きっ‼︎」」


 僕と由希の大声が重なった。

 姉貴はきょとんとしている。大福を拾った母さんが、『ごめんね、私が』と由希の頭を撫でる。


「ちゃんと言ってなかったわね。春奈へのお土産のこと」

「なんなの? ……なんでゆ〜君泣きそうなの?」


 驚いた姉貴と、震えだした由希の体。


「それ、八重婆ちゃんのどら焼きなのにっ‼︎ 春姉ちゃんの馬鹿っ‼︎」

「ちょっと、由希ったら」

「ケーキみたいのってこれじゃ」


 由希の頬を濡らすのは涙?

 泣いてるのか?

 どら焼きを食べられただけなのに……由希こいつは。

 めったに見ない姉貴の悲しげな顔。ほんとに僕のためにがんばってるのか?

 生まれて来れなかった命の分も、僕を可愛がるって母さんに言った通り。

 笑わせ喜ばせようとしてる?


 ……。

 ……。


「なんだ?」


 誰かの声が響いた気がした。

 由希の中を巡った声。

 小さなものだったけど今……確かに。

 パズルのピースを握りしめた。八重婆ちゃんの命のカケラを秘める青く輝くもの。


「八重婆ちゃん……今」

「由希が泣いちゃったようね」

「そうじゃなくて声が」

「声?」


 八重婆ちゃんには聞こえなかったのか。僕にしか聞こえない声。

 なんだったんだろう。悲鳴のような叫びのような、寂しげな感じがした。

 木野瀬とルナ。

 あいつらには聞こえたのかな。


「ゆ〜君。……ごめ」

「もう知らないっ‼︎」


 由希はひとり駆けだした。

 母さんと姉貴に振り向きもせずに。


「由希、待って‼︎ 春奈立てる? 春奈っ」


 母さんの声が遠のく中で由希は走る。

 涙を流し、鼻をすすりながら僕が見慣れた家に向かう道を。

 どら焼きを食べられただけで泣いた。だけど小さな頃の由希にとって大切だったどら焼き。

 どら焼きを見て、八重婆ちゃんが喜ぶのを楽しみにしてたから。八重婆ちゃんと一緒に笑いたかったから。

 姉貴も同じこと考えてたのか。

 僕が喜ぶのを想像しながらワクワクする時間。僕と一緒に笑えたらいいなって思ってた。

 駄洒落まがいの何かも、ヘンテコな行動も姉貴が思いつく精一杯に面白いもの。生まれて来るはずだった命と2人分、僕を可愛がるためにがんばってる。


 僕が知る姉貴の本当は猛烈なスイーツ好き。

 スイーツ好きを、通り越した先に隠されたのはヘンテコな優しさ。

 まいったな。元の世界に戻って、姉貴にどう接しようか。

 姉貴の行動は今も変なのに……これからはいい姉貴として見れるのか。

 それとも、馬鹿な姉貴として接し続けることが、僕らしくて姉貴は嬉しいのかな。

 なんか……くらくらしてきた。


 🧩🧩


 息苦しさを感じた由希は、走るのをやめ歩きだした。角を曲がれは家に着く。小さな手で頬をこすり始めたのは涙をなんとかしようとしてるのか。

 八重婆ちゃんに心配をかけないように。


 暑い夏の陽射し。

 笑い声に包まれる、小学生達を見る由希の中で思った。

 今は夏休み。

 姉貴はきっと、毎日のように甘いものを食べてたんだろうな。

 大人になった今もご飯をがっつり食べるし、毎日のスイーツも欠かさない。1日中何かを食べてるイメージだけど、よくお腹を壊さないよな。


 ……。

 ……。


 また聞こえた。

 寂しげに響く誰かの声。

 なんだろう……誰かが、由希の中で……


『生まれるはずだった、命の記憶がお前の中で悲鳴を上げたんだ』


 木野瀬が言っていたこと。

 あの話が本当なら、生まれるはずだった命の声なのか。

 僕の記憶を飲み込む絶望の闇が、すぐそこまで近づいている。

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