回転パズルと巡るキオク

第7話

 色鉛筆で描かれた小さな王様。

 佐藤が描いたものだとしたら。

 モンブランケーキみたいなぷち王様。


 ——モカには見えたんだろ? 佐藤と僕の過去ことが。見えただけのこと教えてくれよ。モカ……おいモカ。


 モカは震えている。

 木野瀬がルナと呼んだ白い猫……あいつは、モカにとってどれだけ怖い存在なんだ?

 ルナの黒い目は夜の闇を思わせた。

 絶望庭園の住人か。

 絶望庭園がどんな所かわからないけど、モカや月の住人達が怖がるほどの何かがあるのかな。

 八重婆ちゃんは、月の世界と絶望庭園のことどれだけ知ってるんだろう。


 ——……モカ、猫はいなくなったんだ。屋上ここには僕しかいないの見えてるだろ?


 ピクピクと動く長い耳。

 僕の声は聞こえてるみたいだし、落ち着いたらまた話しかけてくるだろうか。まいったな……突然現れたこいつに、僕は振り回されっぱなしじゃないか。

 それと木野瀬ブン太。

 佐藤と教室に行ったんだろうな。雅先生の授業が終わるまでに戻らなきゃ。

 戻らなきゃ……なんだけど。


『由希君。……由希君』


 幼い佐藤の声が僕の中に響き続ける。ぷち王様を佐藤はどんな気持ちで描いてたんだろう。僕が忘れている日々を思いながら。


 ぷち王様が動き出す世界。

 ぷち王様が出会う人間達。

 佐藤が願った八重婆ちゃんが描くぷち王様の物語。


 僕に出来ることってなんだ。

 教室に戻らなきゃ。

 佐藤のこと……思いださなきゃ。


「……八重婆ちゃん。モカに聞きたいことがあるけど、あいつ今話せないだろ? 知りたいことがあるのに……月の世界も、絶望庭園のことも……知らなくちゃ」

「由希、回転パズルを使いなさい」


 ……回転パズル?


 八重婆ちゃんに言われるまま、ポケットの中のものを握りしめた。マカロンのように膨れた、丸みのあるパズルのピース。


「八重婆ちゃん……これは」

「なんて言えばいいかねぇ……私の想いを込めた、鍵のようなものかしら」

「鍵?」

「見えない世界に、由希と由希の想いをはめ込んでいくピース。由希が強く念じればこの世界は回転する。見える世界……現実世界が、見えない世界に姿を変えるの。月の世界や絶望庭園、いくつもの……見えない世界に」


 とくんと心が跳ねた。

 世界が回転する?

 見える世界が……見えない世界になる?


「八重婆ちゃん……回転するって世界だけなのか? 過去に戻りたい……今と過去を、回転させることは?」

「由希が望むなら、どんな世界にも回転させてあげる。由希……魔法を知りなさい。総ての世界を包み……変えていく魔法を」

「……魔法」

「私は見えただけの世界を絵本にしてきたの。知ってほしかった……誰も知らない世界にある喜びと幸せを。悲しみや苦しみしか知らない、世界の住人に希望を教えたかった」

「どうして、八重婆ちゃんには見えたの? ……見えない世界が」

「私は月の世界の住人なの。うさぎの姿で生きていてねぇ……仲間達と一緒に、色々な世界を見ていたの。それでね……うふふ」


 八重婆ちゃんの幸せそうな笑い声が風に溶ける。なんだろう……何か思いだしたのかな。


「好奇心旺盛で、優しい男の子を見つけたの。私が地球に降りてきたのは、男の子と話したかったから。私を人間にしてくれたのは、月の世界一番の魔法使い。……モカのお父さんなのよ」


 空に浮かぶ月。

 うさぎが住んでるなんてまだピンとこないけど、モカのリュックサックが黄色かったのは納得出来るかも。


「月の住人は長生きでねぇ。モカの大冒険を、みんなが見守ってる……いやだ、私のことを話してるんだった」


 朗らかな八重婆ちゃんの声を聞きながら思う。回転パズルは八重婆ちゃんの命のカケラを秘めている。僕は回転パズルの中の八重婆ちゃんと話してるんだな。


人間ひとになった私のいっぱいの幸せ。男の子と一緒にいる時のドキドキと、私を育ててくれる両親の優しさ。私に出来る恩返しは、みんなの幸せを願うことだったの。私と男の子が大人になり、結婚して息子が生まれたわ。私は人間ひととして歳を取り続けて……息子が結婚し由希が生まれたの」


 温かい風の中に、八重婆ちゃんの笑顔が滲んで消えた。見上げた空にある見えない世界と僕の不思議な繋がり。


「由希が夢を育てていくことが嬉しくてねぇ……私が出来るだけの、背中を押せることをしたいと思ってた。……命が尽きる前に、モカのお父さんにお願いしたの。『私の想いを、何かに閉じ込めてくれないかしら。成長した由希と一緒に夢が膨れていくように。そうだ……由希と一緒に、あなたの子供が成長していけたら素敵ね。ふたりが行き詰まった時、逃げ込める場所は……そうだわ、喫茶店がいいと思うの。 誰もが何かを育み、繋がりを呼び続ける場所が』って。まかろんはうすはモカのお父さんと、仲間の魔法使い達が作ってくれたお店なのよ。モカが女の子に連れていかれたのは、予想外の出来事だったけどね……うふふ」


 楽しそうな八重婆ちゃんの笑い声。

 突然現れたまかろんはうす。あれは魔法使い達が作り出した場所。

 店の前で踊っていたモコモコうさぎのぬいぐるみは、魔法使いの仮装だったのかな。


“マカロンころんころん。マカロンころんころん”


 ラジカセから流れていたものは、月に住む子供達の声。八重婆ちゃんの想いを、月に住む魔法使い達が……


「さぁ、強く念じなさい。由希が思うまま……願うままに。願いに魔法がかかるわ……変えたいものがあるのなら」


 教室に戻らなきゃ……だけど。

 佐藤のこと思いだすんだ。

 

 ポケットから出した回転パズルが、陽に照らされてキラキラと光り輝いた。


『由希君。……由希君』


 佐藤が僕を呼び続ける。

 パズルが放つ光の先に、空が淡く滲んでいくのが見えた。


 僕が思うまま……願うままに……この世界は



 回転する。



『由希君。……ねぇ、由希君』


 佐藤の声を聞きながら、スケッチブックに描かれたぷち王様を思った。僕が忘れているいつかの世界過去に……



 僕を。



 空がひび割れ砕けていく。

 落ちてくる空のカケラと、色を無くし透明になっていく見慣れた景色。

 透明な世界……僕が昨日、考えていた世界じゃないか。


 何も見えない絶望世界。

 だけどその先にあるものは……奇跡的な出会いと希望だ。


 世界は回転する。

 僕が思うまま……願うままに。




 透明な世界が彩られていく。

 パズルのピースがはめ込まれていくように。

 空の青と風に揺れる青葉。

 見えてきた白い建物は……病院?

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